卒業生からのメッセージ

〜 水滴の中に世界を見る 〜

総合安全保障研究科 後期課程 
 堀口多喜二3等陸佐 第19期卒業(戦略科学コース)

私が防衛大学校総合安全保障研究科を受験したきっかけは、決して高尚なものではなく、自分が職務としている軍事、あるいは安全保障というものについて、客観的な視点からより深く知りたいという、漠然とした欲求でした。国内での訓練でも海外での任務でも、現地での実務を担当している間は「このような規則だからこうする」「こうした状況だからこうする」というような、現在において必要とされる事項に追われ、一歩引いて「なぜそうなのか」まで考える余裕はなかなかありません。教育でも「教範に書いてあるからこうする」に留まることが少なくなく、討議や戦史教育を通して「なぜ」をある程度知ることはあったものの、やはり不十分に感じていました。そうした物足りなさから、有志で行っている勉強会に参加していたところ、そのメンバーの一人からこの安保研を紹介されました。こうして、私は「自分は何者なのか見直す」ために、小原台の門を叩いたのです。

私が専攻した「戦略科学コース」の範囲は、政軍関係や防衛行政、組織論等の理論研究から歴史上の事例研究にいたるまで、多岐にわたっています。1年目はゼミ形式の授業とそこでのコースワークが主体です。しばしば数十ページに及ぶ文章を読んでレジュメにまとめ、学生間で自由に討議したことは、科目の内容を理解し自分のものにするため、大変役立つものでした。これと並行して、総合研究、通称PJと呼ばれる論文の集団指導があります。各教官からのご意見は、論文のテーマが不明確な初期においてはそのテーマの絞り込みに有用であり、また論文が完成に近づいた時期には口頭試問の準備のような意義があります。それのみならず、専攻が違う教官からのご意見は、とかく狭い範囲に陥りがちな自分の視野を広げるためにも有益でした。2年目は、前述のPJと指導教官からの指導を受けつつ、論文作成することが主体になります。この間、関連する学会への参加や学会誌への論文発表、海外渡航を含む資料収集等の自主的な努力を通じて、新たな見識を得る機会も多々あります。これらの教育科目、教官からの指導、そして自分の努力が上手くかみ合ったおかげで、最終的には論文という成果として結実できたと感じています。

日本での安全保障研究は最近注目が集まっていますが、その基盤の一つというべき軍事力や軍事組織については、必ずしも積極的に研究されていません。これに対し安保研では、まさにその軍事力や軍事組織を主対象として研究しています。このため、日本のみならず世界最先端の研究に触れられるデータベース等の研究資源にも恵まれており、論文作成に役立つだけでなく、今後予想される職務に備えた自学研鑽のためにも有益でしょう。実際、今回私が作成した「中国駐印軍」についての論文は、そのテーマについて調べた知識だけでなく、そのテーマに直接関係無いコースワークで得たものや、論文というよりはむしろ職務上で必要な知識だとして自学研鑽したもの、さらには自分がそれまでの職務や有志の勉強会で得てきた知識とが融合して、より深みのあるものに仕上がったと自負しています。歴史研究は「小さな窓から広い世界を眺める」「一滴の水滴の中に世界を見る」ものだといわれることがあります。研究対象を「小さな窓」あるいは「一滴の水滴」にまで絞り込むためにも、そこから「広い世界」へのインプリケーションを見出す可能性を与えるためにも、論文に直接関係ないように見えるものも含めた幅広い知識の取得は必要不可欠でした。また、砂浜で拾った小石や貝殻のような雑駁な知識を融合させ自分の血肉とする思索の時間として、安保研前期の2年間という貴重な時間が得られたことに感謝しています。

安保研には、民間人の方も特別研究員として在籍しています。今期では新聞記者の方と大学新卒の学生が加わっていました。こうした方々も、安保研での学業や生活を共にすることで、実情があまり世間に知られていない自衛隊という組織について肌で知ることができたのではないでしょうか。特別研究員の方々が自衛隊の知的な面に触れ、その側面を一般社会に対して伝えていただくことは、自衛隊側にとっても有益でしょう。もちろん自衛官学生にとっても、特別研究員の方々との交流は、外の広い世界と多様な価値観を知ることができる良い機会です。日本の安全保障や軍事について、実務を離れて客観的に見直してみたいという自衛官や、実務にたずさわってきた自衛官の同期達と交流しつつ研究してみたいという学生や研究者の方々は、防大安保研に志願してみてはいかがでしょうか。

 




≫卒業生からのメッセージ一覧へ

日本最大の研究教育拠点