「PHYCHO」
この作品は1960年アメリカで撮られたものです。監督は「ホラーの神様」と呼ばれるアルフレッド・ヒッチコックです。<あらすじ>
ある日、マリオンは社長の友人の銀行に預ける筈だった大金を持って逃走を図った。その途中、社長と鉢合わせになってしまった マリオンはとうとう本格的に逃走する。だがその途中に車を止めて寝ていたところ、不審に思った警察に見つかり、 そこでてこずりながらもなんとか警察を振り切ったマリオンは逃走を続けるが、執拗に追ってくる警察を撒くため、 とあるモーテルに泊まることにした。
そこの経営者はノーマン・ベイツという男。彼は女に一目惚れし、一緒に夕食をとらないか、と誘う。外がものすごい大雨であり、 彼女自身疲れていたこともあって、空腹だった女は、外で食べずに、彼の作った夕食を食べることにした。 これが血の惨劇の1ページ目となるとも知らずに・・・<感想>
この映画において、バーナード・ハーマーンの不協和音を巧みに使った音楽や、ジョン・L・ラッセルのカメラアングル、 繰り返しの多用による「刷り込み」などなどの多様なテクニックも、この映画の恐怖感をより一層際立たせてくれています。 以降のミステリー、サスペンスの映画に大きく影響を与えた映画界最高峰に位置する傑作だと言われるのも納得できます。 興味のある方は是非レンタル店で借りて見てみてはいかがでしょうか。今から40年以上も前の作品だとは思えない見事な出来栄えです。
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外崎航二郎
「映画で考える」体験記
<あらすじ>
映画はラブシーンから始まる。カメラのアングルは観客の「のぞき心理」を刺激するかたちで変わっていく。
アリゾナ州フェニックス、不動産事務所でしがない秘書をしているマリオンは妻子あるサムと愛人関係にある。 サムはフェニックスから離れた地域に住んでおり、二人の密会はサムのフェニックスの出張の時にだけ、慌ただしく行われる。 ふとしたことで4万ドルを横領した彼女は、車に乗って逃走する。途中、彼女を不審に思った警官に執拗に追われるシーンがある。 このシーン、ヴォイスオーバーという内面の声を映像にかぶせる特殊効果が用いられると同時に、 弦楽器のみをもちいた耳をつんざくような鋭利なサウンドトラックが駆使され、恐怖感をあおる。 疲労からモーテルに泊まった彼女は、モーテルの主人ノーマン・ベイツと打ち解ける。 しかしその夜、シャワーを浴びている最中に彼女は正体不明の女性に刺殺される。一方、 事務所に雇われた私立探偵アーボガストはマリオンの行方を探るうち、このモーテルにたどり着く。 しかし、アーボガストもマリオン捜索中に正体不明の女性に刺殺される・・・。<感想>
人間文化学科のメインイベントのひとつである「映画で考える」は、一期生と二期生合同で行われる。 上映された映画は『サイコ(Psycho)』。ラストまで、あっと驚くどんでん返しの連続で、 今観ても十分楽しめるサイコ・スリラー映画のはしりとなったアルフレッド・ヒッチコック監督の代表作だ。
カッター期間中に 「全米の映画製作者達が選んだもっとも怖い映画No.1に輝いた」という凄まじい作品を見るのは、 メンタル面で漕ぎに悪い影響がでるのでは・・・、と憂慮したが、気分転換も大切だと思い参加することにした。 二期生の中には私と同じく「メンタル面で漕ぎに悪い影響がでる」と思った者が大勢いたらしく、 最後まで映画を見た二期生はたったの三人であった。
上映終了後、一枚のプリントが配布された。四つのパターンの母と子の関係が、「保育園まで迎えにきた母親に飛びついてきた息子、その息子に母親が一言・・・。」
という設定で選択肢になっており、最も悪い関係を選び、その理由も述べる、という内容だ。 この内容、実は映画の中の重要な点に関連しているのだ。さすが人間文化と感心させられるような意見が飛び交い、場が盛り上がった。 白熱する議論と井上教官の解説が並行し、「映画で考える」は終了した。個性と個性がぶつかり合い、新たな見解が生まれ、 それについてまた話し合う。人間文化学科のそんな良い雰囲気を感じ取ることが出来た。 私達はただ漫然と映画を観て楽しんでいるわけではない。映画をひとつのテクストととらえ、そこから様々なことを学びとっているのだ。 実際にサブカルチャーを講義の題材として採用している他大学の学部もある。関連した図書の紹介も行われる。 この学科は新しいスタイルで学生の興味・関心を引き出そうとしていることを、身を以って体験したひとときだった。