監督 クリストファー・ノーラン 主演 ガイ・ピアーズ キャリー=アン・モス ジョー・バントリアーノ あらすじ 愛する妻を殺されたショックで、前向性健忘という珍しい記憶障害になってしまった 主人公・レナード。彼に残される記憶はおよそ10分ばかり。彼は自分の記憶をポラ ロイド写真とメモ・全身に刻まれたタトゥーに託し、復讐のため犯人を追い続ける。 キーワードはジョン・G。しかし、なぞを追うほど、更なる謎が広がり・・・ レナードは果たして、犯人を探し出せるのか。 カラーで逆行するシーンと、モノクロで進行するシーンの二重構造で、ますます集中 力を求められる一作。 感想 もしあなたが日常に退屈を覚えているとしたら、この映画をおすすめする。 逆行すると見せかけて進行する設定は、倦怠感に浸った脳には特に新鮮な刺激となる。 見終わった後は煙に巻かれたような不思議な気持ちが残り、思い返せば場面のあちこちで疑問点 を発掘してしまう。記憶をなくしていくのは主人公なのに、自分の記憶が試されていることに気 づく。そうしてあなたは、もう一度再生ボタンを押すことになるだろう。 タイトルからもわかるように、この映画のテーマは"記憶"である。 主人公レナードの記憶はわずかに10分ばかりしか保たれない。彼はメモと写真を以って記憶代 わりとする。そんな彼を周囲の人間は半ば蔑視するわけだが、我々とて大差はないのだ。その証 拠として、デジタルカメラや日記帳が昨今特によく売れている。 記憶とは何なのか。記憶とは、完全に主観的な心の歴史・物語である。自分にとって都合の よい事実だけが、都合のよい形で残る。事実はたとえ一つでも、捉えようは無数にある。自分が どう見るか、どう切り捨てるか、そしてどう色づけるか―は、個人の自由となる。だから記憶は、 単なる客観的事実の保存とは違う。フロッピーディスクや写真やメモなどでは、代用が利かない。 レナードの"記憶"は、したがって、記憶足りえないのである。 レナードに限らず、記憶はそれ自体当てにならない。この映画でも、同じシーンが繰り返し出 てくるところがあり、われわれはそのシーンは事実だと"記憶"するが、よくよく考えれば、それ が事実だという根拠は何もない。 しかし、事実ならばそれが絶対か。ここで言う事実とは、理性と等価である。個々の人にとっ ては、選択の決定は感情に依存する所が大きい。肝心な所では、人は理性より感性や本能を優先 させる。文明がいくら高度なものになったといっても、なお争いが止まぬ理由も、ここにあるの だろう。 現代に生きるわれわれは、あまりにも理性を重んじすぎている。この映画は、このような我々 の"ものの見方"に、新しい視点を提示してくれる。退屈を感じるのも、理性が変化を心にもたら さないからであると思う。たとえ遠い昔でも、強烈に感情に作用した経験などは、脳だけでなく 感覚まで、覚えているものである。ひとつの出来事に対してどういう気持ちで臨むかという意志 が、環境や能力より、あなたの一生を左右する。 長々と述べてきたが、これは私個人の意見に過ぎない。まずは自分で見て、感じていただきた い。あなたにはあなただけの発見があることだろう。