ヒッチコック監督「サイコ」を見て


322小隊2学年 鬼塚 勇

 

 最初、この映画を見るときに、「1960年の映画ですが」と教官から言われたときに、私が感じたことは、「ヒッチコックは面白いけど、そんな古い映画じゃあなあ」と思っていた。そしていざ始まってみると、案の定60年のアメリカ映画なのに、白黒であった。後で調べてみたら、それは、殺人シーンなどをあまりナマナマしく見せないためだということであったのだが。話のストーリーは置いとくとして、この映画では、どんでん返しがあったり、こちらの予想をいい意味で裏切ったり映画としておもしろかった。あと描写が印象的であった。雨が降る中、銀行の金を横領した女性が車の中で運転しながら回想するシーンや、声や音楽がピタッと止まり、次に何が起きるかドキドキさせたりといった演出も、1960年の製作とは思えないほどだった。それと、耳にいつまでも残る強烈な音楽(ひゃンひゃンひゃンといった音楽)がいっそう殺人シーンを怖いものに引き立てていた。

 さて、この映画のストーリーでも大きく関係して、最後のどんでん返しにもつながったのが、殺人者のベイツの精神の異常性である。小さいころの母親から受けた影響により、母親が死んでも、それを受け入れることができずに、自分が母親に成りすまして心の隙間を埋めていた、これがこの映画のおちでもある。精神分析官の説明の後、最後にベイツが老婆になりきって話をするシーンがあったが、非常に気味が悪かった。今では、我々は二重人格や多重人格という言葉は聴きなれている。実際にはそういう人に会ったことはないかもしれないが、なんとなく想像することはできるだろう。しかし1960年ごろに果たしてどれほどこの精神病のことが知られていたかはわからない。おそらく今よりもかなり認知度は低いだろう。これは映画だから誇張されているのかもしれないが、このような症状に近い人も存在するのだろうなあと思っていると、人の心の不思議さを感じた。現代人は、人と人の間で生活するときに、環境に合わせて自分を抑圧し、それなりの人間を演じる必要があるのでこのようなことになるのかもしれない。当時みた人はすごい衝撃を受けたに違いない。少し心の病気に興味が湧く映画であった。


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