米国陸軍士官学校主催国際情勢会議に参加して

平成14年11月19日〜11月25日


鵜川 優一郎


始めに

思い起こせば早半年以上も前のことになる。米国陸軍士官学校(通称;ウェストポイント)の主催する国際情勢会議に参加したのは。詳細は「平成14年度海外派遣成果報告書」を読んでいただくとして、ここではそこに記さなかったことも交えて書きたいと思う。

【 学生舎の概観 】

SCUSAについて

 国際情勢会議(SCUSA)は正式名称「Student Conference on United States  Affairs」であり、私風に言えば「米国の、米国による、米国を中心とした世界の為の学生会議」というものだった。1949年に始まり今回で既に54回目を迎える。米国が今後世界の中でどのような役割を担うのかということを16種類のラウンドテーブルに分かれて討議した。参加者の大部分は米国の大学生で他国の士官候補生の数は意外に少なかった。  私が参加したラウンドテーブルではテロリズムを議題として討議された。発言した内容はボード等に記されるし、付け焼刃ながらも事前に勉強していた為、各人の意見のあらましは理解できた。しかし、話に熱を帯びてくると米国人はとてつもない早口になり、ついていけなくなる。また、中には怒鳴り合う者まで出て司会者が慌てて止めに入るなど討議というより口論に近くなることさえあった。

ウェストポイントについて

 ニューヨークのハドソン川沿岸に1802年(昨年は200周年)設立された。殆どの学生は映画「長い灰色の線」を観ているので今更説明は無用だろう。とは言え、せっかくの機会なので防大とは特に異なる事項を幾点か挙げてみる。
 先ず、何よりそこは"陸軍"士官学校、海・空軍士官学校に対するライバル心が非常に強く"Go Army!"、"Sink Navy!"、"Beat Air Force"の連続であった。そしてそれは彼らのArmy Cadetとしての士気を鼓舞するのである。
 彼らの居室の中に入ってみると、2人部屋でそこには一部屋に机とベッドが2台ずつ置かれ、部屋の真ん中を境に左右対称をなしていた。よく見ると部屋の奥には銃架があり小銃が格納されしっかりと施錠されていた。何時でも取り出し可能というわけだ。学生一人一人を信頼している証である。また、休日の夜には持ち回りで執銃して巡回を行なっていた。

【 居室の様子 】

 平日でも授業の無い時はベッドに横臥しても構わないことになっている(1学年は駄目だとも言っていたが)。また、私の滞在した時期がちょうどテスト週間であったらしく、私の泊まった同部屋の学生は当然のように毎日徹夜で勉強していた。

 どうしても理解できないことが1点あった。何故かは分からないのだが、毎日夜の11時頃になると決まって皆外で騒ぎ出すのだ。「彼らは酒で酔っ払っているのかい?」と聞くと、「いや、違う。俺にも分からないよ。」と言われてしまった。そこら中から愉快な叫び声が聞こえてくるのだ。日頃の生活の鬱憤をここぞとばかりに晴らしているのかもしれない。

 驚いたのは(聞いてはいたが)、同フロアに女子学生が居住していたことである。女子学生にとってはやはり訓練が最も厳しいらしく、「その分勉強を頑張っている。」という学生もいれば、逆に「気持ちの問題よ、関係ないわ。」と言い切る学生もいた。ある女子学生と彼女の居室で色々話をしたが、ふと気づくと完全にドアを閉めた状態でいたので、防大では"あり得ん"事だと思いながら、決まりが悪く自然赤面してしまった。その他にも、掃除(1学年がゴミ回収に各部屋を巡回するが)や課業整列、日夕点呼等全く無く、部隊行動も基本的に行なわれていない様子だった。

終わりに

 向こうで知り合った士官候補生の一人にマーク・ダニエル・ギルマンという非常に紳士的な学生がいる。彼は2年間ウェストポイントで学んだ後、一度学校を退き、宣教師として日本に勉強しに来たことのある学生である。再び彼はウェストポイントに戻り3学年として出直した。そしてつい先月、彼は防大に来校したのだった。懇親会の際に彼は日本の防大の存在を詳しく知り、また友好を深める機会を得られたことに喜んでいたが、私は彼が防大に来てくれた事で一層米国が身近な国になったのだった。

 僅か1週間、実質5日間足らずの滞在で余りにも多くのことを経験できた。異文化コミュニケーションというよりも、"異文化"という名の刃を突きつけられたという感じだった。日本人だから、という考え方では何も出来ない。というよりそんなスタンスは取らせてもらえないのだ。郷に入っては郷に従えとはよく言ったものである。むしろそこに飛び込むきっかけが大切なのだと感じた。

【 中央がダニエル 】


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