ド イ ツ 研 修
1 はじめに
定期テストが明けた3連休中日、台風の翌日、10月11日(日)から10月31日(日)まで、およそ3週間、 ドイツに短期留学という形で陸、海、空各士官学校へ研修してきました。
2 ミュンヘン
ミュンヘンはドイツで最初に訪れた街です。ドイツの南方にあるバイエルン州の首都ミュンヘンにはたくさんの高い尖塔を持った 巨大な教会、レンガ造りの外装の建物、お城のような市庁舎などがあり、ここは地でディズニーランドだなとか思いました。 しかし、やはりミュンヘンは歴史的な建造物が残ってもいますが、その中にもウィンドウショッピングが楽しめる通りなどもありました。 ミュンヘンで一番印象的だったのは、ホーフブロイハウスです。少しこの場所に注釈を付けたいと思います。ホーフブロイハウスとは、 1589年設立の由緒正しき王室ビール醸造所です。簡単に言えば、とても大きな酒場です。かつてヒトラーが演説していたということでも 有名です。ここでは、1リットルジョッキ(右写真)を片手に多くの人が、夕方5時過ぎくらいから、お喋りや、お食事を楽しんでいます。 ホール中央にはバンドがいて、生演奏を披露しています。それにあわせて皆、手拍子やら合唱。そして、そのホール内をところ 狭しと忙しそうに、左手に5つの1リットルジョッキ、右手にも5つの1リットルジョッキをもち動き回っている民族衣装(とはいっても、 西洋的なメイドの服装を頭に浮かべれば、それで間違いない)を纏ったウェートレスがいれば、A4サイズくらいのプレェツル (パンに岩塩をまぶしたようなもの)をバスケットに入れて売り歩くウェートレスもいます。とにかく陽気な人たちばかりでした。隣に座っていた3組の老夫婦と仲良くなり、乾杯を交わしたり、肩組んで踊ったりしていたら、斜め後ろの席の人たちも加わって、 そこだけ大盛り上がりしました。ビール飲みは皆、仲間といったような雰囲気でした。
また史跡研修としてノイシュヴァンシュタイン城に訪れました。 1864年に18歳でバイエルン王に即位し、41歳の若さで悲劇的な死を遂げた ルートヴィヒ2世が異常なまでに城造りに情熱を傾けて作った3つのうち最も有名な城、それがノイシュヴァンシュタイン城です。 城内は中世を思わせる華やかな装飾品(写真)が散りばめられてあり、庭先には人工の鍾乳洞までもある。そして、その中にはとある伝説を モチーフにした壁画があり、この王様がいかに夢見がちな人物であったかを思わずにはいられないものでした。3 ドレスデン
1週目にミュンヘン近郊にある空軍士官学校に訪問した後、次に訪れた陸軍士官学校があった街、ドレスデン。 ザクセン王国の首都として君臨し、アウグスト大王の時代に全盛期を迎え、華やかな宮廷文化が繰り広げられ、 豪華なバロック様式の宮殿や財宝のコレクシ ンは時代を越え、訪れる者たちを魅了してやまない、![]()
というようにガイドブックで扱われている街です。ドイツのフィレェンツェと言われるだけあり、町の中央をエルベ川が抜け、 レジデンツ宮殿といった華やかな史跡が多数あります。ここを訪れるなら日が暮れてからです。文句なしでいい。街の灯は赤燈色、 そこにぼんやり浮かぶ白い壁の多くの建物、その中で青白くライトアップされたドレスデン王宮。もうそれは幻想的で、幻想的で、 ヨーロッパはおとぎの国です。ここで一番印象的だったのは、カフェです(写真)。また飲食店の話かと思わず、読んでください。 ドイツの多くの商店は平日6時前には店を閉めます。10時過ぎまで営業しているのは飲食店ぐらいです。今まで、外出するときは、 エスコートの学生やホストオフィサーが案内してくれていたのですが、偶然、自分たちだけで外に行く時間が持てました。 じゃあ、夜のドレスデンでも観光に行こうかと三人、ガイドブック片手にどこに行くとも知れない路面電車に飛び乗りました。 無事に市街に到着できたのは良かったのですけど、買い物しようにもお店が開いていません。それで、3人、白い息を吐きながら、 街中を歩きました。王宮近くの通りからヴァイオリンの音色が聞こえてきます。何かしらと思いそのほうへ歩み寄っていくと 路上演奏家が足元に口の開いたケースを演奏している。彼のいるところを通り過ぎたところに、
こざっぱりしたカフェ・レストランがありました。そこに入りました。扉を開くやいなや、 目に飛び込んだものはケーキの入ったショーケース。1ピース、1ピースが大きい。 しかも日本円でいうところの300円に満たないものばかりで、安い。そして、どれもおいしそう。ひとまず席について、 3人による緊急会議が始まりました。ケーキを2個食べるか何かしら料理を注文してからデザートとしてケーキを楽しむか、 という二者択一に思い悩みました。結論は後者の案で話がまとまりました。他の二人が何を食べたか記憶に残っていませんが、 自分の食べたものはしっかり記憶にあります。シチューポットパイみたいなものでした。これがおいしい。 ナイフとフォークでパイ生地をサクサク崩します。すると白い熱気が立ち上るとともに、シチューのいい香りがする。 私の頼んだコーヒーがこれまた変わったもので、ビールリキュールが入っています。コーヒーにまでビールが入っている。 しかも、これが独特の味がして美味でした。さて、本題のケーキです。私が食べたのがラズベリーなどのたくさんトッピングしてある パイ生地の上が全部クリームみたいなケーキで、他の二人は、チーズケーキとレアチーズケーキでした。3人でもう1つずつ食べるか悩んで、 結局やめました。勘定を済ませて、路面電車に乗り帰路に着きました。
4 ベルリン
陸軍士官学校の研修を終えた後、次に向かうはハンブルクの北にある フレンスブルクにあるのは、海軍士官学校です。その前に、 ベルリンで大使館に立ち寄り、駐在武官にご挨拶。ベルリンで最も印象的だったことは、 駐在武官が私たちのために開いてくれた食事会です。場所はベルリンにある日本料理店(といっても調理人は中国人です)で、 我々と駐在武官の方以外に日本大使館で働いている20代、30代の民間人、自衛官を交えての食事会でした。 これが物凄く素晴らしい食事会でした。久しぶりに日本食、日本酒が口に出来たのもさることながら、 出席者の方々が話してくださったことがとても興味深い内容でした(写真は大使館にて。左から佐々木1尉、馬場1佐、黒木学生、鈴木学生)。 この内容については触れませんが、本当に自分の知らない世界の話でした。 官僚なんてものは心無いやつらばかりだと勝手に今まで思っていましたが、彼らと話して、認識が変りました。
話が変わって、ベルリンで他に何をしていたかというと歩いて観光です。時間が半日もなかったため、特定の場所を訪ねるという ことは出来なかったので、ぶらぶら街を散歩しました。ひとまず、西側の繁華街をいろいろ見物して回った後、そろそろ食事会の待ち 合わせの時間だからホテルに戻ろうかと3人で歩き出しました。日が暮れる。街の風貌が瞬く間に変わる。とにかく東に向かって歩けば、 いずれホテルの傍の川に突き当たって、川なりに歩けば、待ち合わせのホテルの前に着くだろうと裏通りということもかまわず、 ひたすら歩きました。それが間違いの始まりだったのです。気がついたら、ベルリンの東地区まで来ている。おいっ、これどこだよ。 ってなわけで、1時間ぐらい歩いて自分たちが道に迷ったことに気付きました。少し歩き回って、どうやら自分たちがいる場所がポツダム 広場付近だということが判明。とっくの昔にホテルは通りすぎている。待に立った。)。そうしたら、駐在武官の方に 「このブーフーウー」とどうしようもない三馬鹿のレッテルを貼られてしまいました。で、その後何とかホテルの近くのバス停に たどり着き、どうにか食事会に参加できました。
ところで、さっき話に出てきたホテル。これがかなり高級ホテルでした。一泊130ユーロでした。これが日本円でいくらかは自分で 考えてください。とにかく、物凄く広い部屋で、素晴らしく見晴らしがいいのです。ネスカフェの昔の宣伝で朝を迎えるようなものが あったと思いますが、そのイメージがしっくり来るようないい見晴らしでした。庶民感覚しか持ち合わせていない私には、 筆舌尽くしがたいものでした。しかし、食事会で日本酒を喰らい過ぎて、べろべろで、このホテルを十二分に満喫することが 出来なかったのが心残りです。おそらく次にこのくらいのホテルに泊まるのは10年くらい先かなとか思うほどのホテルだったのですが。5 フレンスブルク
ベルリンの翌日、海軍士官学校のあるフレンスブルクに到着しました。ドイツの北に位置するデンマークとの国境の町、 フレンスブルクはバルト海の入江に開け、ドイツとデンマークとの海上交通と商業の町として、ハンブルクが「世界への門」 と呼ばれるのに対し「北方への門」と呼ばれています。いままで訪れたドイツの町では一番小さく、こじんまりとした印象の町でした。 何が一番印象に残ったか。これが特にないんですね。一日、ハンブルク観光という日がありましたが、さすがに数週間にわたる ビール三昧の日々も合わさって、疲労困憊気味の我々は観光を放棄しました。そして、そのあと物凄く後悔しました。 あとでガイドブックを見て、気付いたのですけれども、美術館や博物館、強制収容所の跡地など実はたくさんあったのです。 愚かにもこの機会を逃したことが、いまだに悔やまれます。
仕方ないのでドイツのマクドナルドの話をしようと思います。ドイツのマクドナルドの看板は、少し変です。MCと上に来て、 その下に少し小さめのフォントでDonaldと記してあります。それが意味することは、「マック」と「マクド」どっちが正しいかという下らない議論がたまにされますが、おそらくドイツ人は「マック」と言ってることだろうということです。それで、味なのですが、 さすがファーストフード、さすがマクドナルド。大して変りません。サイズも同じようなものです。しかし、ポテトが違ったのです。 それは日本みたいに湿っぽくないのです。おそらく「馬鈴薯」と「メイクイーン」の違いだろうと勝手に納得しました。
港町ゆえに港があります。帆船も停泊しています。なぜか白鳥がたくさんいます。 しかも人馴れしています。その近くで 物好きなおじさん二人が趣味でホットドックを作って、販売していました(左写真はホットドックを作るおじさん)。日本のホットドックは、パンとソーセージの割合は1対1です。 これは日本の常識です。ドイツの常識は違う。パンとソーセージの割合は1対3です。つまり、ソーセージが熱い からパンの部分、持って食してね、ってことです。これ一個で、おなかがいっぱいになります。6 おわりに
くだらないことばかりたくさん書いてきました。しかし、こんなことだけしていたわけではないのです。 しっかり本研修の方もやってきました。それは、「はじめに」の部分で触れたように、別のところで紹介します。 この中では、ガイドブックなどを開いても、載っていないであろうことを中心に書きました。自分が体験し 、思ったことなどを素直に記しました。この文章がどのような目的のものかは判じかねますが、私の異邦人体験が少しでも、 これを読んだ方に伝わり、海外に読者の目が向くようなことがあれば幸いです。
(黒木康正)
ドレスデン駅にて