ウィリアム・ナフ氏による講演 『国際交流と日本文学』

平成14年 6月7日


 

ウィリアム・ナフMIT名誉教授

 

 ウィリアム・ナフ氏来日の目的・・・マサチューセッツ工科大学名誉教授で、文学を中心とした日本研究を50年にわたって行っているナフ氏は、現在、「坂の上の雲」(司馬遼太郎著)を英訳中ということで、その取材を目的として今回来日しました。氏は、近代軍事史の専門家である防衛大の田中教官の解説、指摘が大いに参考になったと感謝していました。

   井上教官の講義・・・ナフ氏講演の直前に、3学年人間文化学科の学生に対し井上教官の講義が行われました。講義では、異文化から見た日本をテーマにし、はじめに、19世紀半ばに焦点を当て、これを出会いの時期と称しました。欧米は産業革命による市場貿易相手国を必要としており、このときの日本は、富士山や浮世絵に代表される芸術の国、自然の国、美の国として理想化されたのです。次に20世紀の前半を瞠目の時期と称し、日本の急速な近代化に注目しました。また日露戦争ともあいまって、日本は精神文化の国、名誉心の国などという新しい固定観念が構築されました。加えてそこには、武士道に対する、騎士道から見た一種のノスタルジーも存在したのです。
 この井上教官の講義は、ナフ氏がなぜ日本研究をするのか、という重要な問題を示唆していました。この講義の内容を根底において我々3学年の人間文化学科の学生は講演に臨んだのです。

 参加者・・・講演に参加したのは、主に2,3学年の人間文化学科の学生、教官、及び文系の1学年の学生でした。その他にも、読売新聞社、外務省所轄の国際交流基金団体が参加し、人文館112番教場がいっぱいになるほどの人数となりました。

 国際交流基金・・・国際交流基金は、文化交流を通じて国際相互理解と国際友好親善を促進することを目的として、昭和47年(1972年)に外務省所轄の特殊法人として設立されました。
 国際文化交流の専門機関として、学術、日本研究から日本語教育、芸術、出版・映像メディア、スポーツ、生活文化まで幅広い分野で人の交流を基本とした文化交流事業を実施しています。
 今回のナフ氏の来日は、国際文化交流の面でも非常に意義のあるものだったのです。

 

講演要旨・・・

 ナフ氏の日本語は非常に流暢でした。講演の内容は主に、明治時代の日本がいかなるものであったかであり、その中で「坂の上の雲」、日露戦争を考察するといったもので、氏は、当時における日本の軍事力の目覚しい発展に最も関心を示していました。また、人材の豊かさという点で、これを江戸時代の漢学教育の遺産であると述べ、山本権兵衛、西郷従道、児玉源太郎、大山巌などの名前を挙げました。
 しかし、終始明治の日本、司馬遼太郎の歴史観を述べていたために、日本文学の考察を期待していた私のような者にとっては、少々物足りなさの残る講演となりました。また、司馬遼太郎の歴史観は、それはそれでひとつの大きな意義があるものの、それを史実として認識することは非常に危険なことでもあるでしょう。それを承知の上での英訳なのか、という疑問は残念ながら残ってしまいました。

質問・・・

 講演自体の内容が期待していたものと違った為か、質問コーナーでは活発に、かつ鋭いもの浴びせられました。(質問と答えは要約させていただきます。)

Q1, 国際外交、国際交流の場で、日本人の「恥」の文化は、不要なのではないか。
A・・・確かに日本人はその本来の性格上、外交はあまりうまくない。(ナフ氏はこの質問に対し、細々とした具体例を述べただけで、明確な返答は避けました)

Q2,言語の異なる文学を評価するノーベル文学賞はナンセンスだと思うが、氏はどう思うか。
A・・・ノーベル賞は、政治的な思惑も絡み、また、翻訳によっても異なった評価となってしまうので、私も少々ナンセンスのように思う。(谷崎潤一郎と川端康成の例、トルストイの例を挙げ、非常に分かりやすかった)

Q3,ナフ氏の観点から見た日露戦争はいかなるものか。
A・・・20世紀の国際社会がどうなるのかという、戦略的な点から日露戦争は意義深いものがある。(日本の勝利によって黄禍論が巻き起こったことも述べられていました)

Q4,現代の日本人は、「恥」や「禅」のような意識、素養が薄れたように思うが、それは進歩か退化か。
A・・・進歩とも退化ともいえない。(現在の文化をつかむのが最も困難だと述べました)

Q5,明治時代の日本人像と、実際来日してみての現代の日本人とでどう違いがあるか。
A・・・(明治時代の日本人ではなく、50年前、初めて来日した際の印象と、今回の来日した際の印象で説明されました) 50年前は、立ち居振舞でこの人は日本人だと分かったが、今は、すっかり欧米化してしまい、全く区別ができなくなった。

感想・・・

 ナフ氏は日本文学の中でも、島崎藤村を専門にしているのですが、なぜ島崎藤村なのかということも、残念ながら推測するより仕方がありませんでした。私が思うのは、島崎藤村を通じてやはりここでも日本の近代化を分析しているのではないか、ということです。島崎藤村はご存知の通り、「破戒」において被差別部落出身の青年の内面的葛藤を描き、そこには強い社会性が帯びていました。また、大作「夜明け前」は、父をモデルにして日本の近代化のはじまる前夜から維新後までの動向と、その中で激しく時代と格闘した一人の男を描き出した歴史小説です。家や封建制度からの解放、時代との抗いと言った日本の近代化の問題を合わせて追及した作品なのです。
 ナフ氏が日本に関心を持ったきっかけは想像するしかありませんが、氏が終戦直後に初来日した折、日本人の型にはまった身のこなしに眼を引かれたエピソードから推して、日本へのエキゾチシズム的憧憬が想定できます。そうした非西洋の日本が近代化できた不思議が、氏の問題意識だとすれば、氏の日本への視線は、武士道の国日本というステレオタイプの延長にあり、日本の近代化の異質性(西洋と比べた)という興味深い問題を扱っていると同時に、その底には西欧近代を前提にした、自文化中心主義も垣間見えたような気がしました。

  阿部 真司 記  


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