ブリジット・スティーガー氏

(ウィーン大学助教授)
 

『日本における眠りの文化』

平成15年 1月17日


 

ブリジット・スティーガー氏


 第2回を迎えた人間文化学科課外講演。この記念すべき第2回の講師としてお招きいたしました方は、オーストリア国立ウィーン大学助教授・ブリジット・スティーガー氏です。  氏は、人の眠りとその国・地域の文化との関わりについて研究されていらっしゃるということで、今回の演題も「日本における眠りの文化」と題し、誠に流暢な日本語で講演を行っていただきました。また、個人的にも、この講演により居眠りをする原因が突き止められ、その打開策が見つかるのではないかと、一抹の期待をもって拝聴させていただきました。

生理的な眠りについて
 眠りとは、周期的におこる生物の正常な休息状態を言い、目がさめている覚醒状態とは対照的に、睡眠では、血圧や呼吸、心拍といった生理機能が低下し、外界からの刺激に対する反応も鈍くなることが特徴となっています。特に氏は、急速眼球運動(REM:rapid-eye-movement)にちなんで名付けられたレム睡眠、ノンレム睡眠についても説明をされました。すなわち、夜間の睡眠で、最初の状態はノンレム睡眠(NREM:non-rapid-eye-movement sleep)とよばれるもので、睡眠の大部分を占めています。この睡眠では脈拍は少なく、血圧も低くなっていて、自律神経系はあまり活発に働いておらず、ほとんど、あるいはまったく夢をみていません。またもう一方の状態は、レム睡眠(REM:rapid-eye-movement sleep)とよばれるもので、眠っている間に周期的にあらわれ、このときは自律神経系が活発に働き、はやい眼球運動があって、よく夢をみています。ふつうの夜間の睡眠では、90〜110分間隔でレム睡眠とノンレム睡眠が繰り返されます。このレム睡眠とノンレム睡眠の周期の関係で、4時間半、6時間、7時間半という時間の睡眠が一般に良いとされているわけです。この周期のおよそ8割は、4段階に深くなっていくノンレム睡眠につかわれます。また、レム睡眠中は脳の活動が活発になっています。レム睡眠中に目覚めた人の9割までが、目覚めたときに夢を見ていたことを報告しているそうです。

睡眠と居眠り
 氏は、睡眠と居眠りの違いについても述べられました。配布された資料には、《社会上の活動に関わっていくためには、人はある意味で「その状況の中で関与」( involvement within a situation )し続けていかなければならない。》とあり、それを「支配的関与」( dominant involvement )と「従属的関与」( subordinate involvement )の2つに睡眠と居眠りを当てはめて説明されました。配布資料によると、《『関与』については、支配的なそれと従属的なそれとを区別する必要がある。支配的関与とは、個人に向けられた要求で、社会的状況がその個人に意識的な準備をさせるといったものである。従属的関与は、ある程度まで、個人の行動を支配する関与によって、その人が注意を払う必要が生じない限り、継続され得るものである》とあり、睡眠は前者、居眠りは後者であると述べられました。すなわち、「支配的関与」と睡眠については、例えば、行為者自身が眠るためにパジャマに着替えたり、顔を洗ったり、歯を磨いたりする、といった眠るための一連の社会的行動をとり、意識的に眠ろうとすることとして説明され、また、「従属的関与」と居眠りについては、例えば、授業や会議というある程度は個人の行動を制約する状況の中にありながらも、その個人が必要性を感じて起きようと努力し続けない限りそのまま眠ってしまうこと、と説明されました。ということは、居眠りをする学生は得てして授業中、起きた状態でいるための努力をしていないということなのでしょうか…?

日本人の眠りの文化、他国の眠りの文化
 氏は、日本人の眠りについて話され、諸外国との比較を述べられました。まず、はじめに、日本人は3Sで表され、それはsmile、silence、そしてsleepというものでした。ここから、諸外国の人々にとって日本人の印象を表すものとして「眠り」は大きいものであると知りました。また、日本は近代化が進み、高度経済成長を経て、次第に豊かな国になるにつれ、余暇に費やす時間とお金が増えたため、相対的に睡眠に費やす時間が減少してきていることを氏は指摘されました。また、日本人は睡眠時間の無さを仕事の証明とする考え方があり、受験勉強における「四当五落」という言葉に表されるように、物事に対して頑張る精神を睡眠時間の少なさで見る傾向が強いことも指摘されました。 日本の居眠りについては、実は、多忙な民族といわれる日本人は日々の忙しさが原因で居眠りをしているわけではないということ述べられました。氏の研究によりますと、日本の説話物語や絵巻を見ると、既にその頃から居眠りをする姿が描かれているそうです。また、家訓などにおいても居眠りを制約・禁止する項目は無かったということです。すなわち、忙しいとされる現代以前にも日本人は居眠りをしていたということになります。ということは、居眠りは昔から日本人に脈々と受け継がれてきたものということなのでしょう。

 さらに、睡眠構造モデルの3つのタイプを挙げて日本や他国の眠りの文化についても述べられました。まず、1つ目のタイプは「集約型夜間睡眠文化」というもので、夜間約8時間の睡眠をとり、昼間は大幅に制限するというものです。これは日本も含めた、欧米近代的な睡眠パターンです。2つ目は「シェスタ文化」というもので、ニ分散型睡眠、すなわち 夜間の短い睡眠と社会的に規則付けられた昼寝を組み合わせたものです。主にラテン文化圏や中国において見られるパターンです。ただ、このシェスタ文化も、最近は国際化に伴い、昼間に寝ることができなくなった職域の方もいるそうです。つまり、昼寝は文明的社会の構築を妨げるものとして捉えることができると思います。そして3つ目は、「仮眠文化」です。すなわち、夜間の短い睡眠と、個人単位でとる昼間の仮眠を組み合わせたものです。これは"ながら睡眠"つまり居眠りを含めたものです。
 ここで大切なのは、シェスタ文化と仮眠文化の昼間の眠りは夜間の睡眠不足を補うものではなく、また、集約型夜間睡眠文化が最も進歩的理想的なパターンではないということでした。むしろそれぞれの睡眠文化は、特定の社会経済的条件や文化・風土のもとに発達を遂げた眠りの形態の多様性を裏付けるものだと述べられました。

感想
 眠りと文化というのは密接に関連していて、とても興味深いと思いました。例えば、日本人が電車の中で当たり前のように眠っている様子も、他国の人々からすれば異様な光景に移っていることでしょう。こういった一面も、歴史的に侵略を受けることが少なかった日本人はやはり用心深さに欠けることが多いのことが原因なのだろうか、それとも、和を尊ぶ文化の日本人はやはり隣人を信頼しているからなのだろうか、と様々な疑問も生じました。また、居眠りが純粋に忙しさが原因で起こるものではなく、日本人がもつ性質であると指摘され、「忙しいから居眠りをする」ということで問題を純粋に片付けられないということを感じ、この問題の根の深さもまた感じられました。 よく眠ることは健全な身心を維持するためには必要なことと思います。しかし、眠るという行為は生理現象の一つとしても捉えられますが、非常にプライベート性が強い行為です。特に居眠りは、個人の意識に依る部分もまた大きいため、我々日本人もその点は自覚しなくてはならないと感じました。 (田村大樹)



人間文化学科ホームへ戻る