ワシントン・コロンビア特別区。初代大統領ジョージ・ワシントンとアメリカ大陸の発見者クリストファー・コロンブスの名前を冠するこの町は、 言うまでもなくアメリカ合衆国の首都である。ニューヨークが経済の中心であるのと同様に、政治の中心であるこの町を象徴するのは、大統領府と 連邦議会そしてキャピトル・ヒルと呼ばれる議事堂(下図)を中心とした官公庁の集中する丘である。
飛行機でD.C.を訪れるためには、ワシントン・ダレス空港からハイウェイで30分。市内に入る前に飛行機から見える首都を囲む森林と農地、 片側3車線、道幅と同じくらいはあろうかという芝生の中央分離帯というハイウェイの作りに、アメリカという国の広大さと日本の小ささを改めて 痛感せざるを得ない。
キャピトル・ヒルに集中する官公庁は印刷局、農務省、運輸省、エネルギー省などがある。これらが入っている建物は一様に昔のヨーロッパの様な 外観をしており、ヨーロッパを飛び出してきた人達が、それでもヨーロッパへの憧れの中にあるというアメリカの歴史意識の一端を垣間見た気がした。 中でも連邦最高裁判所はギリシアの神殿の様な造りで、初めて見た時は何かの記念館かと思うほどである。
キャピトル・ヒルといえば、やはり議事堂からリンカーン・メモリアルを結ぶ広大な公園、ナショナル・モールが印象的である。延々4キロ近く続く この公園は、広大すぎてその中間点にある市内で最も高い建造物 ワシントン・モニュメントまで近いような錯覚をお覚える。しかし、一度歩き始めれば いつまでもたどり着かないという事実に公園の広さを思い知らざるをえない。このモール周辺には、後述のスミソニアン博物館を初めとして、 国立公文所館(U.S. National Archives and Records Administration)、FBI(Federal Bureau of Investigation)本部、第二次世界大戦記念碑、 朝鮮戦争記念碑、大統領記念碑群などがある。
大統領記念碑は、アメリカ人の子供が「あれがホワイトハウス?」と尋ねていたように、白亜のドーム(下図左)が美しく、内部には巨大リンカーン (下図右)や巨大ジェファーソンがワシントン記念塔を見据えて鎮座している。その大きさは尋常ではなく、日本人には銅像というより大仏と言ったほうが 大きさのニュアンスが伝わりやすいのではないだろうか。
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公文所館は神殿の様な外観が美しく、中には様々な公文書が保管されている。中でも有名なのは”Charters of Freedom”と呼ばれる、『独立宣言』、 『憲法』、『権利章典』の原版である。夏休みということもあり、ボーイスカウトの子供たちも訪れ、長蛇の列が出来ていた。
第二次世界大戦記念碑は、外周に各州および属領の名前が刻まれたポール、中央および左右、後部に噴水を配した形(下図上)で、向かって右が大西洋、 左が太平洋戦線を示し(下図左下)、随所にマッカーサーやニミッツ提督、ルーズヴェルト大統領の言葉が刻まれたプレートが埋め込まれている。またパール・ ハーバーについても当然のことながら言及されている。ここの国旗掲揚塔の根元には、アメリカは征服しに来たのではなく、独裁政治を打倒しに来た」 という旨の英語が記されている。朝鮮戦争記念碑は戦地を行く戦士の像群で構成されている(下図右下)。
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今回、先生にご同行させて頂いたこともあり、先生が調査で来られる際にお世話になっているという日本出身の議会図書館の職員の方とお会いした。 議会図書館(Library of Congress)とは日本の国会図書館のモデルともなった施設で、3棟に及ぶこの図書館の蔵書数は1億点を超えるが、その詳細な 数はいまだに不明という巨大な図書館である。この中でも一番古いジェファーソン館の閲覧室は映画『ナショナル・トレジャー』でも使われた場所で、 図書館とは思えない荘厳な造りである。(下図左)ここでは、日本の戦後処理の際、GHQが参謀本部や内務省などから持ち帰った資料を多数保管しており、 余りの数の膨大さゆえに、戦後60年以上経過した今でも保管庫から当時の資料が出てくるのだという。
「図書館から資料が発見された」というのは、日本の図書館の感覚からするとかなり違和感のあるものだが、さもありなんと思わせてくれる資料の数である。 職員の方の案内で関係者以外立ち入り禁止の区画に入り、沖縄戦の前に米軍が入手していた海軍の作成した沖縄の水路図や、参謀本部文庫が保管していた江戸初期の 軍学書など目録に登録している最中の資料を見学させていただいた。一人でアメリカに来ても、まず見ることのない議会図書館の内部や、そこで働く方々のお話に 触れることができ、見識を広めるよい機会となった。
D.C.を代表するものとして忘れてはならないのは、政治機能ばかりではない。世界最大の博物館であるスミソニアン博物館もそのひとつである。スミソニアン博物館は 市内外に点在する18の博物館、美術館、動物園、水族館、植物園からなり、その大部分がナショナル・モールとその周辺に密集している。これらの博物館の入館は無料だが、 ひとつひとつの博物館が、それぞれの収蔵品のすべてを見るにはかなりの労力を要する規模を有している。隣を歩いていたアメリカ人が「1日で全部見れない」と言って いたことを鑑みれば、我々日本人には展示品というより博物館自体の大きさを見に行ったという方が正確かも知れない。中でも印象的だったのはアメリカ史博物館の戦争史 コーナーの入り口(下図右)である。ここでの言葉に、先述の戦争記念碑と併せてアメリカの愛国心と、戦争への大儀を見たように思う。
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アーリントン国立墓地(Arlington National Cemetery)は、川をはさんで対岸のヴァージニア州にあるが、D.C.からも地下鉄ですぐである。戦没者の墓として有名な この墓地は、例によって広大であり、今回歩いたのは海兵隊記念碑までのごく一部であったにも関わらず、かなり遠く感じた。白い墓石が無数に、そして整然と丘の上に ならぶ様は(下図左)、美しくもあり、また恐竜の背骨のようでもあり、厳粛な雰囲気が漂っている。ここの様に、一人一人の墓を作れば、靖国のように分祀問題など起きない ですむのではないだろうか、と感じた。この墓地に葬られることが許されるのは、戦没者の他、功績のあった大統領、国に貢献した人たちだけであり、アーリントンに眠ることは アメリカ人にとっての栄誉であるということを感じた。迷彩服姿で参拝する人(下図右)も多く、一方で手や足のない人も多く、アメリカという国が戦時中の国家であることもまた、 改めて思わざるをえない。
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有名な海兵隊記念碑は、アーリントン墓地を北に抜けたところにある。1分の1サイズ程度を想像したくなる形状をしているが、実際に目の前にすると、 土台だけでも人の身長、全部合わせると10メートルはありそうな巨大モニュメントである(下図上左)。
一週間の滞在で見たもの、感じたことのすべてを記せた訳ではないが、紙幅の関係上特に感慨深かったもののみ言及した。アメリカ合衆国の首都で、 アメリカ合衆国という国の大きさ、懐の深さ、自由とは相応の代価を払ってでも守らなければならないという大儀(下図上右・下)、そして国のために死ぬことは 栄誉であるという意識に触れたことは意義深かったと思う。
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