2007年11月13日(火)に人間文化学科54期生は、校外研修として横須賀市市史編纂室、横須賀市逸見浄水場、神奈川県立金沢文庫という三つの施設を見学したが、最初の二つの場所に関するレポート作成の担当者になったので、ここに報告する。
(1)横須賀市史編纂室について
横須賀市は、2007年2月に市制施行100周年を迎えるのを記念して、『横須賀市史』の刊行を計画した。今年度から資料収集と整理を開始し、市民に対して資料と情報の提供を呼びかけている。既に同市の市史編纂事業としては、市制施行50周年と80周年に発刊した二つの『横須賀市史』があるが、それらは通史的な概要を整理した内容となっている。今回の100周年記念事業では、『横須賀市史』をより学術的な内容にするため、市史編纂室は資料の本格的な収集に乗り出した。収集の対象となるものは、家庭や事業所が所有する古文書、写真、書物などである。編纂室の中には、参考として他の県や市が編纂した刊行物が多く置かれていた。また、その資料の内容や種類は、非常に幅広く、少しでも横須賀市に関すればどんな細かなものでも収集されていた。例えば、新聞の記事に関しても、日露戦争に関する旧海軍の動向という大きなテーマから、ごく些細な一般的事件まで集められていた。また、変わりどころの資料としては、マグロの缶詰を生産している会社に関する書物もあった。横須賀市が旧海軍時代から軍港として栄えてきたためか、旧海軍に関する資料が特に目に付いた。ちなみに、『横須賀市史』は2003年から11年かけて逐次刊行される。
(2)逸見浄水場横須賀市逸見浄水場は、大正10年に旧海軍により建設され、その後、横須賀市に譲渡された浄水場である。そもそもなぜ、旧海軍がこの施設を建設したのかというと、横須賀市が軍港として栄えたことに関係がある。海軍は、横須賀市において軍艦の整備、補給、兵員の休養等を行うために必要な施設を建造していった。その一つが、この逸見浄水場である。なぜ、浄水場の建設が重要視されたのかというと、もちろん真水が必要だったわけであるが、艦船は海洋を航海していると、船底に貝類、藻類が付着し、速力が低下してしまうので、定期的に船底を洗浄することが必要だからである。軍艦が木製の場合、海水で事足りるのであるが、この当時の軍艦は鋼鉄製であったため、真水でなければならなかった。
逸見浄水場にあるいくつかの建物は、その当時のままの状態であり、国指定の有形文化財となっている。また、ここではかつて、緩速ろ過方式の浄水施設が採用されていた。緩速ろ過方式とは、比較的細かな砂層を4〜5m/日のゆっくりした速さで水を通し、砂層に増殖した微生物群により、水中の浮遊物質や溶解物質を取り除く方式である。しかし、横須賀市が発展していくにつれて、緩ろ過方式では水量が不足したので、より大量の水を浄化できる急速ろ過方式に変わった。最近までこの緩速ろ過方式の浄水施設は使用されていたが、現在では使われてはいない。