2002年8月2日、我々はシンガポール・チャンギ空港に降り立ちました。私個人としては 初の海外旅行でもある今回の研修旅行最初の関門←(私にとっては)入国審査が、 早速到着ゲートを降りた先に見えてきました。「何て喋ればいいんだろう。旅行目的は観光でいいよな。観光って英語で・・・」 そんなことをぶつぶつ呟きながら列に並んでいると、あっという間に自分の番となり、恐る恐るパスポートを差し出しながら
「ハ、ハロー」
とシンガポールにおける記念すべき第一声。異文化コミュニケーション、やっぱり最初は挨拶だな、 と変に納得しながら待っていると、無言でパスポートを返され、出た言葉が
「サ、サンキュー」
日本の英語教育もあながち無駄ではないなと思いながら、ついに人間文化学科シンガポール研修旅行の幕が切って落とされました。
シンガポール・チャンギ空港の入国審査を無事通過
空港を出て、ホテルへ向かうバスの中で、この旅で我々のガイドを務めてくださるローレンスさんと初対面。家で作る最高のご馳走は、 炊き立てのコシヒカリと水戸納豆だという中国系のナイスガイで、日本語も相当上手な方でした。後から聞くと、 シンガポールで観光関係の職業に就いている人達は、日本からやって来る多くの観光客に対応するため、基本的な (どこまでを基本的とするかは微妙ですが)日本語は大体の人が喋れるとのこと。さすがは観光国家シンガポール。 車中、ローレンスさんからシンガポールという国の基本的な説明を受けながら、我々一行を乗せたバスは無事ホテルに到着。
ここで、我々が訪れた国、シンガポールを簡単に説明すると、正式名称はシンガポール共和国、人口約300万人。 その他に外国人登録者が60万人で、合計すると横浜市ぐらい。日本人は3万人を超えており、全人口のおよそ1パーセント。 面積は、東京23区とほぼ同じの626平方kmで、公用語は英語(シンガポール英語はシングリッシュと言います)、華語、マレー語、 タミル語と多彩な、立憲共和制国家です。話を聞くと、我々が泊まるホテルの経営者は中国系らしいのですが、 目の前のフロントにいるのはインド系?と、おぼしき人達。
「う〜ん、さすが多民族国家だな」
と一人うなりながら、明日からの行動に備えこの日は早めにベッドイン。
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スリマリアマン寺院(ヒンズー教寺院)
8月3日、モーニングコールに起こされてシンガポールに来たことを改めて実感するとともに、朝6時30分に自然と眼が覚める防大パワーも、遠く海を隔てたシンガポールまでは届かないことを知り安堵。朝食を食べた後、いよいよシンガポール市内観光に出発! 最初の目的地は、その色彩の鮮やかさで知られるヒンドゥー寺院、スリマリアマン寺院。ここは女性の神様を祀っている寺院で、確かに、いたる所に飾られている神様の像も女性が多い寺院でした。我々が訪れた時は、たまたま女性だけのお祭りが行われていて、下は小学校低学年ぐらいの子供から、上は貫禄たっぷりのおばあちゃんまで幅広い世代の女性達が華やかな色のサリーをまとって集まっていました。寺院の中は石畳ですが、土足禁止なので靴を脱いで入っていきます。我々のような観光客には慣れきっているのか、寺院の中をぞろぞろ歩いて回る日本人には目もくれず、ひたすらお喋りしている女性達が印象的でした。
次に訪れたのは、国立の熱帯植物園です。シンガポールの国花である蘭の花を中心に、熱帯独特の植物が多数見られる植物園ですが、我々を驚かせたのは「Akihito」という名前の蘭があったことです。今上天皇がまだ皇太子でいらっしゃった頃にシンガポールを訪問されたことがあり、その時に出来た新種に、訪問を記念して「Akihito」という名をつけたそうです。
熱帯植物園
美しい蘭と熱帯の植物を楽しんだ後に向かったのが、クラーク・キーと呼ばれる運河沿いの地域です。ここは東南アジアの中継貿易拠点として繁栄するシンガポールの基礎を築いた港湾地域で、シンガポールの発展と共に発達を遂げてきて地域でもあります。現在は離れた場所に近代的なコンビナート(ちなみにコンビナートのクレーンは全て三菱製)が建設され、クラーク・キーはその役割を終え、高層ビルの建つオフィス街や観光施設の多い地域となっており、運河沿いの道はシンガポーリアンの散歩コースにもなっているようです。ちなみにこのクラーク・キーを下って、海に出た所にあるのが、あの有名なマーライオンです。残念ながら、私達が訪れたときは引越し(一体どこに行くのでしょうか)に伴う工事中で、口から水は出していませんでしたが、誰しも一度は絵葉書か何かで見たことのあるマーライオンの姿は、私を感動させました。
マーライオン
昼食後、シンガポール市内でのショッピングをしばし楽しんだわけですが、そこは研修旅行ですので、観光客向けの店よりも、シンガポール市民が普段行く店に行ってみようと考え、赴いた先は普通のスーパーマーケット。ぶらぶらと店内を歩いてみて感じたのは「なぜ、シンガポールの人は大きなものや、まとめ買いが好きなのか?」ということでした。それもそのはず、巨大サイズのスナック菓子や洗剤、その他の商品が山積みされており、日本で見かける我々にとっての普通サイズがあっても、3個セットや4個セットはざらで、巨大歯磨き粉3本と歯ブラシ2本のセットといった一体誰が買うのだろうと疑問に思ってしまうような、豪快?な商品構成が非常に印象的でした。
スチームボードとタイガービール
この日の晩は、スチームボードと呼ばれる料理を味わいました。シンガポール風しゃぶしゃぶといった感じのこの料理は、まあ一口で言ったらしゃぶしゃぶです(表現力不足ですみません)。ただ、ぽん酢だれやゴマだれではなく魚醤につけて食べます。また、この時飲んだシンガポールを代表するビール、タイガービールがなかなかおいしいビールで、日本人にも相性ばっちりの味でした。ちなみにシンガポール市街いたる所に、「What time is it ? It's Tiger time!!」という、なかなか粋なせりふのついたタイガービールの看板があり、この旅行中よく目にしました。
スチームボードでお腹が満たされた私たちは、輪タクのトライショー(自転車の横にサイドカーを付けたレトロな乗り物)に乗って夜の街に繰り出しました。この輪タク、日本の観光地における人力車的位置にある乗り物で、今は専ら観光客相手の商売をしていますが、日本の人力車と違うのは、道路上の権利が自動車に優越するという点です。実際、道路の真ん中を疾走する輪タクを、自動車はクラクション一つ鳴らさず避けていきました。トライショー
ちなみに、シンガポールでは車を買うことは非常に大変なことで、国家政策として車の増加を抑えようとしているので、自動車にかかる税金が半端ではありません。なんと、カローラ一台を持つのに10万ドル近く(日本円で、約700万円)かかります。これは税金のほかに、COE(Certificate of Entitlement)という入札制の自動車購入権のための費用がかかるためですが、自動車を買うための権利を買うというこのシステムは、我々日本人には想像もつかないものです。話は戻って、この輪タクツアーでは、アラブストリート、チャイナタウン、リトルインディアなどの、多民族国家シンガポールを代表する下町を回ったわけですが、ガイドのローレンスさん曰く「インドのオカマちゃんを見ることができるよ!」というリトルインディアのオカマ街が、なぜかお休みしていたのが唯一の心残りでした。
トライショーの後、ドラゴンフルーツ、スターフルーツ、マンゴー、ドリアンなど熱帯の果物を食べに行く
8月4日、この日は海外旅行中の海外旅行で、シンガポールのお隣マレーシアへの旅へと出発しました。シンガポールとマレーシアはジョホール水道という狭水道を国境としており、水道を渡る道路(橋ではなく、埋め立てを行ってその上に道路があります)の真ん中に国境線があります。シンガポールの対岸はジョホールバルという州で、ここではマレーシアで最も多い宗教であるイスラム教のモスクや、この地方独特の構造をした日本家屋ならぬマレーシア家屋の見学を行いました。また、ジョホールバルには、「マレーの虎」とうたわれた山下将軍が司令部を構えた建物も残っており、遠くからではありましたが、その建物を見たときは、我々と同じ日本人がほんの60年前、この南の国で戦ったのだという歴史的事実を目の当たりにした気がしました。
旧司令部建物
ちなみに、ここジョホールバルでは生まれて初めての「スコール」も経験しました。バケツをひっくり返したような、とはよく言ったもので、雨がポツポツと降ってきたと思ったら、次の瞬間にはドシャ降りになっているといった具合でした。 昼食はもちろんマレー料理。日本ではなかなか食べることができないカレー料理の数々を味わうことができ、私個人としては、この旅行で一番おいしいと思った食事でした。
マレー舞踊
この日の晩は、シンガポールが誇る観光島、セントーサ島にミュージカルファウンテンショーというものを見に行きました。セントーサ島は、シンガポールが国家事業として開発に取り組んだ島で、島内には海水浴場や博物館、様々なアトラクション施設が並んでおり、その中でも一際目を引くのが島の中央にそびえる巨大マーライオンです。このマーライオンと、巨大噴水、そしてレーザー光線によって行われるのが、我々のお目当てであるミュージカルファウンテンショーです。このショーを見終わった時の私の感想は「ここまでやるかシンガポーリアン!」でした。噴水は音楽に合わせて踊り狂い、レーザー光線は乱舞、圧巻はその目からレーザーを出して悪い竜を退治する巨大マーライオン。観光を重要な収入源とするシンガポールの気迫というか、根性というか、何かそんなものを私に感じさせたショーでした。
飲茶
8月5日、旅行最終日。この日は夕食まで自由時間。さて、何をしようかと考える私の目に飛び込んできたのが、ガイドブックの「シンガポール市内ただ1つの天然ビーチ、イーストコースト・パークウェイ」という一文。将来の海上自衛官として、シンガポールの海を肌で感じるのも悪くはないかなと思い、一路イーストコースト・パークウェイへ。この時、初めてシンガポールのタクシーを利用したわけですが、運賃はタクシー会社によって若干異なるものの、初乗り運賃が2ドル30セントから3ドル20セント、日本円にして160円から225円ぐらいで、日本のそれよりはかなり安いです。ただ、シンガポールのタクシーには3パーセントの消費税や、サービス料金?のようなものがメーター料金にプラスされるので、メーターだけを凝視してお金の準備をしていると、びっくりすることになります。ちなみに、私はびっくりしました。そんなこんなで、ようやく着いたイーストコースト・パークウェイは、海自体はそれほどでもありませんでしたが、砂浜のきれいな海岸でした。しかし、日本の海の家に相当するものの存在を期待していた私にとって、何もない、まさしく天然のビーチは、「シャワーどうしよう・・・」という心配を抱かせました。 そんな時、てっきり公衆便所だと思っていたコンクリート製の小さな建物に「Shower 30¢」の看板を見つけた時は、地獄で仏ならぬ、砂浜でのシャワーに歓喜しました。 海から上がった後は、シンガポールのメインストリートであるオーチャードロードへと向かいました。このオーチャードロードはシンガポールが誇るショッピング街で、ブランド品から鼻毛切りはさみまで、何でも揃います。当然人も多く、シンガポールで人間観察がしたかったら、ここを三往復もすれば色々と勉強になるでしょう。ただ、どちらかというと、アラブ人、インド人、マレー人よりは、中国人や白人が若干多い場所である気がしました。
スルタン・モスク(イスラム教)
ここでは、ちょっと大きめの本屋さんに足を運んで、シンガポールの書籍事情を勉強しようと考え、オーチャードロード沿いにある本屋を訪れました。ここで目にしたのが、ページのいたる所を切り取られて店頭に並ぶ、アメリカや日本の雑誌でした。実はシンガポールには検閲制度があり、国民にとって有害、もしくはふさわしくないと思われるものは検閲で削除されてしまうそうです。ちなみに衛星放送を直接見ることも禁止されており、自宅に勝手にパラボラアンテナを設置すると逮捕されてしまいます。西洋の退廃文化を持ち込まないためかどうかは分かりませんが、現代の情報化社会において、東南アジアを代表する先進国シンガポールがこういった政策を実施していることには非常に驚きました。
中華料理レストランで、シンガポール最後の晩餐を楽しんだ我々一行は、シンガポール・チャンギ国際空港へと向かいました。空港では、「さらばシンガポールよ」と感慨にふけっている私の目の前を、迷彩服に身を包み、肩から銃を下げた兵士達が平然と通り過ぎ、私を驚かせました。話を聞くと、8月9日は、シンガポールがマレーシア連邦から独立したNational Dayと呼ばれる記念日であり、毎年様々な行事が行われるらしく、今年は昨年の9・11テロの影響もあって例年以上に警備が厳しくなっているそうです。シンガポールには徴兵制度があり、18歳以上の男子には兵役の義務が課せられます。この旅行中も街中で迷彩服を着た軍人を何度か見かけましたが、我々が考えている以上に、軍隊と国民が近い位置に存在していることを実感し、日本との差異の大きさを考えさせられました。
3日間という非常に短い期間でしたが、この研修旅行を通じて私は数え切れないほど多くのことを学びました。私にとっては、何もかもが初めての経験となったわけですが、テレビや写真、文章からは得ることの出来ないものを、自分の足で歩き、自分の目で見、自分の肌で感じることによって得ることができたのではないかと思います。民族・宗教・言語・思想など、様々なものが交錯する多民族国家シンガポール。そして東南アジアの先端を行く先進国家シンガポール。まだまだ、ここに書き切れなかったことや、みなさんに伝えたいことはたくさんあります。しかし、そのほんの一端ではありますが、一つの生きた国家の素顔を見ることができたという今回の旅行は、私の今後の人生にとって貴重な財産となることでしょう。
Thank you very much Singapore!
マウントフェーバーにて