- ■米ソ第2次戦略兵器制限交渉(SALT2)交渉 -軍備管理・軍縮論991213 3期15番 谷田邦一
- 《A》交渉を通じ米ソはどういう立場にあったか -
【SALT2で認められた発射基数】(ICBM+SLBM)
米国:1710基<ソ連:2424基(旧型潜水艦の更新含む)
【SALT2の交渉開始時】(72年11月)
米国: 保有数を米ソ同一水準にすることに固執
cf:SALT1批准時の議会付帯決議
投射重量で劣勢(ミニットマンの脆弱化を危惧)
弾頭数や命中精度、SLBMや重爆撃機では優位
ソ連: 新型戦略兵器の抑制、
米SSBNの前進基地配備の見送りを要求
ICBMの投射重量で優位、SLBMと重爆撃機で劣勢
【交渉の焦点】
MIRV化ICBM+西欧の前方展開戦力(FBS)
(量的制限:量的制限の拡大+質的制限)
【ウラジオストク合意】(74年1月)
戦略兵器の総数の平等化+MIRV化ミサイルの上限設定
ICBM、SLBM、重爆撃機の総数の上限:2400
MIRV化ICBM、SLBMの上限:1320
(合意時:米国1100、ソ連0)
SALT2の有効期限を85年に
・問題点
a. 上限が高い(合意時の運搬手段:
米国2147、ソ連2435)
b. 弾頭数や命中精度による威力に制限なし
c. 重爆撃機などの定義があいまい
・対立点:MIRV化ICBMの検証、
灰色領域兵器の規制、SS19は重ミサイルか
【カーター包括提案】(77年3月)……ウラジオストク合意が基本
運搬手段総数を2400から1800~2000に引き下げ
MIRV化ミサイルの上限1320から1100~1200に
MIRV化ICBMの上限550、
ソ連の重ICBM 300から150に(ソ連は一蹴)
【最終合意】
総数2400(ICBMとSLBMの発射基+重爆撃機・ASBM)
:81年までに2250に引き下げ
MIRV化ICBMの上限1320の内訳規制
MIRV化ICBM、SLBM発射基、ASBMの上限:1320
うちMIRV化ICBM、SLBM発射基の上限:1200
うちMIRV化ICBM発射基の上限:820
装着弾頭数も制限:SLBMは14、ICBMは10
〈米〉: 81年末までの廃棄数は米国33、ソ連254で米側優位
弾頭数ではソのMIRV化が最大化されれば劣性
(米2154、ソ6730)
バックファイアーは規制対象からはずれたが、
B52は規制対象に
〈ソ〉: 新型の重ICBM(308基)がSALT1に引き続き保有可能に
MIRV化で一挙に弾頭数を増加させることが可能に
削減義務は新型への更新で切り抜け実質的な制約受けず
- 《B》米ソの核戦略と交渉はどういう関係にあったか -
SALTの目的:先制第1撃能力の保有を禁じ米ソの相互抑止の安定化を図る
【相互確証破壊(MAD)】……敵の奇襲に対する核戦力の非脆弱化
60年代: 急速な技術革新で先制攻撃の可能性が高まり、
MAD崩壊の恐れ
米ソの核軍拡競争により戦略バランスが不安定化
ソ連: 対米優位は技術的に非現実的
米国: 対ソ優位の維持はベトナム戦争で制約
【柔軟反応戦略】…… ニクソン・ドクトリン(70年2月):
MADからの脱却
目標の選別、カウンターフォース、
ソ連の第1撃の態様に応じた柔軟性
【SALT2】…… 防御を制限し米ソとも第2撃に対して脆弱し
第1撃の動機を制限
攻撃兵器の凍結:ラフ・パリティ(IISS評価)
- 《C》なぜ交渉は長期化したか -
6年8カ月の長丁場
[技術面]
ア SALT1で獲得した量的優位にソ連が固執
イ ソ連の戦略兵器が増強、技術進歩が核戦略に新たに影響
ウ 灰色領域の兵器(バックファイアー、巡航ミサイル)の制限限で難航
エ MIRVなど査察・検証が困難な戦略兵器の配備開始
[政治面]
ア ウォーターゲート事件でニクソン大統領が忙殺
イ カーター政権の人権外交やアフリカへのソ連の干渉などで左右
eg. サハロフ博士に書簡、ブコフスキーと会見、
ソ連のエチオピア支援
ウ 米国議会と行政府との意見対立、
ソ連のブレジネフ路線とタカ派路線の争い
eg. ジャクソン上院議員
「ヒトラーのドイツは絶対に軍事的均衡を
達成できないだろうと英国民を安心させた
1930年代の英国を彷彿とさせる。まさに宥和政策」
- 《D》なぜ内訳規制が設けられたのか -
・米ソが保有する戦略兵器の「非対称性」を是正するための妥協策
米国: ソ連のICBM戦力がMIRV化されれば米国のICBMが脆弱化
ソ連のICBMの投射重量や数量を大幅制限する必要があった
ソ連: 米国の長距離の巡航ミサイルが西欧に配備されれば脅威
SLBMでは劣勢
射程距離や爆撃機搭載個数を制限する必要があった
長距離のGLCM、SLCMの配備禁止を議定書で規定
- 《E》交渉を他国はどう見たか -
・交渉時…… 米国と西欧諸国との利害が対立
西欧側にはSALT交渉は
NATOの抑止戦略を無視しているという猜疑心
ソ連: バックファイアー・SS20vs米国:
巡航ミサイル(GLCM、SLCM)
・調印時…… 評価の一方で米ソの利益が先行しすぎ、
米議会での批准の行方に不安
【非核保有国】
・旧西ドイツ……歓迎の一方で不安
「東西接触の窓口の役割をはたした」
(フランクフルター・アルゲマイネ)
シュミット首相はSALT2推進を繰り返し強調:
「交渉失敗は世界の危機に直結する」
中断の中欧相互兵力削減交渉(MBFR)に拍車がかかると評価する論調も
中距離核SS20が交渉の対象とならず不安も残る
・日本……歓迎の一方で物足りなさ
「核廃絶を訴える日本としては今回の規制は物足りない」(朝日新聞)
外務省: 「米ソの関係安定化に貢献。核廃絶への1つの区切り」
【核保有国】
・フランス……米ソ中心の軍備管理に冷めた反応
「(MX開発決定に対し)制限の実効なき制限交渉」(ル・モンド):
ソ連と直接対峙する欧州としては、SALT2の合意内容や
米国の交渉姿勢では、ソ連の核戦力優勢を抑えきれず
ソ連の軍拡を誘発すると懸念
ガロワの比例的抑止論…… 周辺諸国は米ソに緊縛、
仏独自の核抑止力が有効
・中国……米ソへの猜疑心
「双方の核兵器は話し合うほどに増え制限するほどに発展する」
「自分に制限を課すというのは偽り。
実際は相手に制限を課している」(新華社):
米ソの茶番を見抜き、「ソ連がまじめに軍縮するはずがなく、
米国はたぶらかされている」と論評
- 《F》SALT2の意義はなにか -
[意義]
(1) SALT1で規制対象外だった戦略兵器も枠内に入れ、
保有数がわずかに削減
米国1710、ソ連2424から
総数2400、81年までに2250
SALT2調印時:米国2283、ソ連2504>2250
(2) MIRV化ミサイルを初めて規制
(3) SALT1より精緻な検証や諸規定を設置
eg. ICBM発射計画の事前通告、検証妨害の禁止
(4) 新型ミサイルの開発を軽ICBM1種類に限定し、
初めてミサイル開発を規制
[批判]
(1) 米ソの当時の保有戦力を大幅に上回る上限、核軍備増強を容認
(2)「脆弱性の窓」(現在の危機委員会):
硬化目標破壊能力が劣勢
ソ連のカウンターフォース攻撃に
米国は報復できない、との批判も
- 《G》その他の「なぜ」 -
・ソ連が地上発射ICBMに固執したのはなぜか
・SALT2が重爆撃機を制限しなかったのはなぜか
・選択肢としてはABM全廃もあったはずなのに、なぜABM配備を認めたか
・ABM条約の締結で、米ソは相手の迎撃網突破のための
MIRV技術開発は不要になったはずなのに、
米ソともMIRV化にこだわったのはなぜか
・「脆弱の窓」論が指摘したように、
米国の対ソ核抑止は本当に破綻していたのか
- ▼参考資料 -
・近藤三千男『軍備と外交-戦略兵器制限交渉の歴史』(原書房、84年)
・S.タルボット『狂気のゲーム-SALT2の内幕』(朝日新聞社、80年)
・ 〃 『米ソ核軍縮交渉』(サイマル出版会、88年)
・ブルース・ラセット『安全保障のジレンマ』(有斐閣選書、84年)
・江村儀郎『SALTの現段階』(教育社、79年)
・山田 浩『核抑止戦略の歴史と理論』(法律文化社、79年)
・小川伸一『核軍備管理・軍縮の行方』(芦書房、96年)
・キッシンジャー『外交(下)』(日本経済新聞社、96年)
・DAN COLDWELL『FROM SALT TO START』