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応用分析化学 国内学会等 海外学会等 NIST留学記 NDA留学記
   

  第9回
2000年4月8日掲載 

北米大陸を駆け抜ける



- 米軍高官の「直接指導」 -
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ワシントンで訪れた
米国防総省の玄関
  防衛大学校に入ってちょうど1年。
  折り返し地点にさしかかりました。

  昨年度後期のしめくくりは、上田愛彦講師
  (元陸将、工学博士)の「技術戦略論」
  でした。その延長で3月の9日間、
  米軍の機関や施設に足を運び、
  安全保障の現場を見てきました。 
「技術開発が国の安全保障にどんな影響を与えるのか」
がこの科目のテーマです。
座学では学べない部分が多く、
米軍の担当者とじかにやりとりすることが何より大切だと、
上田講師が企画してくださいました。安全保障は、やはり実学なのです。 

訪問先はワシントン、カリフォルニア、ハワイのおよそ10機関。
学生有志の自衛官3人とともに、
時差と格闘しながら北米大陸を駆け抜けました。
ワシントン郊外アナポリスの海軍兵学校や、
広大な海域・空域で精密誘導兵器を開発する
ロス郊外チャイナ・レイクの実験施設なども見ることができました。 

印象深かったのは、ワシントンの国防総省(DOD)と
ハワイの太平洋軍司令部(CINCPAC)です。
どの幹部からも、「対話」や「協調」という言葉を繰り返し聞きました。
東西冷戦が終わり、敵不在の時代になったあかしでしょうか。
国防総省では国際安全保障局やBMD(弾道ミサイル)局などで、
ハワイでは太平洋軍の4軍すべてから、
アジア・太平洋地域の軍事情勢や技術面での日米防衛協力の行方について、
率直な考え方を聞きました。 
先々で、高官の方々が説明に
出てきてくださったのには驚きました。
ハワイでは、海兵隊や陸軍の司令官(中将)   
に出迎えていただき、
ブリーフィングを受けました。
日本ではとても考えられないことです。
残念ながら、あまり詳しく発表しない
という事前約束があるのですが、
「秘密」扱いではないunclassifiedの部分に  
ついては今後、
できるだけ触れていきたいと思います。 
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ハワイのヒッカム空軍基地の
オフィサーズ・クラブでの
昼食(手前中央が筆者)
さて、世界最大の官庁建造物といわれる米国防総省は、
建物が5角形をしてることから、別名ペンタゴンと呼ばれます。
2万人を超す職員が勤務する米国の軍事の心臓部です。 

朝日新聞社では、この役所を外報部アメリカ総局の記者が担当しています。
こんな巨大な機関をどうやって取材しているのでしょう。
ワシントン特派員の同僚(匿名希望子)に教えてもらいました。
(ワシントン特派員の奮闘ぶりは残念ながらありません。)
(ダウンロードし損ねました。本当に残念。- 指導教官が学長に栄転 波瀾万丈の2年目へ -
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  防大の卒業式は、米軍の士官学校をまねて、
  学生たちが帽子を宙高く飛ばすシーンで
  知られています。
  今年は3月19日にあり、私も参列しました。
  歴代首相が、祝辞のなかで重要な防衛政策の
  方針に触れることが多く、
  今年も小渕恵三首相(当時、故人)が
  有事法制への取り組みに意欲を示しました。
卒業式の会場風景(上)と
卒業された総合安全保障研究科2期生のみなさん(下)
式典で見られる学生たちの統率ぶりは実に見事でした。
初めて参列し、それが度重なる練習のたまものだと知りました。
本科生(大学生)は事前に4日、
私たち研究科学生も2日かけてリハーサルするのです。
おかげで、私も「起立」と「礼」の動作が上手になったようです。 

さて、私たち3期生の学生生活は、いよいよ2年目に入ります。
国際政治や安全保障問題の基礎知識のインプットを踏まえ、
修士論文の作成というアウトプット作業に移るわけです。
その矢先に、ハプニングに見舞われました。 

総合安全保障研究科では学生に1人ずつ指導教官がつくのですが、
私を受け持っていただく予定だった西原正教授が、
突然、4月1日付で学校長にご栄転されることになったのです。
西原先生は国際安全保障研究の第一人者です。
とても喜んでいたのですが、
急きょ、指導教官を選び直してもらわねばならなくなりました。
ネジのまき直しです。 


- 新婚学生さん紹介 -

3期生の同級生17人のなかには、入校後、
めでたくご結婚された「新婚学生」さんが2人います。
事務官の鶴見恭子さんと陸上自衛官(2等陸尉)の田原永紀さんです。
ともに20代。
楽しい新婚生活とハードな学業は、両立できているのでしょうか。
人ごとながら、気にかかります。 

お2人のご結婚で、
私たち3期生の既婚者と独身者の勢力比(10対8)は、
入学時と逆転しました。
それぞれの生活にどんな変化が起きたのか、おうかがいました。 

鶴見恭子さん…津田塾大卒。英語力抜群。修論テーマは中東問題。

田原永紀さん…防大卒。最も厳しい教官の神谷万丈助教授の門下。
 Q&A

 衆参両院の憲法調査会が本格的な活動を始めました。
 最近は、連合軍の占領下での日本国憲法の制定課程が
 「押しつけだったのか」が論議の対象になっているようです。 

 川上高司著『米国の対日政策』(同文舘)などによりますと、
 憲法制定の経緯はこんな具合でした。
 GHQが日本政府に新憲法草案の作成を命じ、
 日本側は「松本案」なるものを提出したものの、
 GHQの意向に沿わず、逆にGHQ側が憲法草案を提示。
 幣原首相はマッカーサーに直訴したものの一蹴され、
 結果的には、GHQ案を基礎に憲法改正を行うことを、
 日本政府も了承したとされています。 

 これを、戦争法の視点から見ますと、
 日本も加入しているハーグ陸戦規則の
 「占領地の法律の尊重」規定(43条)にひっかかるのではないか、
 と考える方がいらっしゃるかもしれません。 
 ですが、日本国憲法の制定は同規則違反ではない、
 とする解釈が今では通説として定着しているようです。
 その理由としては、例えば、
 「ポツダム宣言や降伏文書の内容が
   特別法として陸戦規則に優越するから」とか、
 「陸戦法規は交戦中の占領時に適用されるのであって
   憲法制定時は休戦協定成立後であるから」
 といったものがあります。 

 次回は日米安保についてです。
 日米安保条約は締結以来、片務的だという議論がありましたが、
 日米同盟は双方にとって、
 それぞれ同じ論理の上に成り立ったものといえるでしょうか。
 もし認識の違いがあるとすれば、どういう点だといえるでしょうか。