- 釈然としない「事件」 -
|
国際政治は最近、「スパイ狩り」ばやりです。
米国では核弾頭のデータを中国に渡した疑いで
台湾系の元核兵器研究所員が捕まり
(=9月13日に釈放)、
欧州では、米国家安全保障局(NSA)など
米英中心の情報機関による国際通信傍受システム
「エシュロン」に対する調査が話題になっています。
日本でも、
冷戦思考をひきずったような摘発がありました。
海自三佐逮捕の翌日、情報提供を受けたとされる
ロシア大使館武官は帰国した=9月9日、成田空港で
|
平和条約締結交渉を終えたロシアのプーチン大統領が離日して数日後の
9月のある朝。朝刊を見て息をのみました。
1面トップに「海自幹部、機密漏えい容疑/警視庁が聴取」
(9月8日付朝日新聞)の見出し。
逮捕前の記事なので、容疑者は匿名です。
知っている人かも、と思ってテレビをひねって飛び上がりました。
今春まで総合安全保障研究科に在籍していた、
知り合いの自衛官だったからです。
「まさか。何かの間違いでは」。
彼が旧ソ連海軍を研究テーマにしていたのは知っていました。
しかし、11年前に米ソ対決の時代は終わり、
日ロは友好関係を深めようとしているさなかに、「スパイ事件」?
その後、あふれるような報道を通して、
事実関係が少しずつわかってきました。
ロシアの駐在武官との交際を深めたのには、
研究を通じてロシアに興味があったことや、
学術論文の作成に欠かせない資料を入手したい
という気持ちがあったようです。
日本で旧ソ連・ロシアに関する軍事資料を入手するのは、
まだまだ困難です。
研究者として、より上質の情報や資料に接近するあまり、
国防秘を管理する立場でもある自分の立場を忘れていた、
といえなくもありません。
今回の事件は、いくつかの角度から
見ることができそうです。
1つは、日ロ領土交渉の進展と
からめて見る外交的な視点です。
日ロ首脳会談で平和条約の
締結交渉が難航したことと、
どういう関係があったのでしょうか。
交渉が進展していれば、政治的な判断が
働いたかも知れません。摘発をきっかけに、
日本の対ロ感情が悪化したのは明らかです。
両国の外相がその後、
良好な関係維持を確認し合ったのは、
事件の衝撃を物語るものでした。
|

逮捕された海自三佐が在籍した 防衛研究所を調べる警察官
|
2つめは、自衛隊の秘密管理や防衛交流など防衛面からの見方です。
自衛隊が管理する秘密には2種類あって、
米軍から供与された装備品に関するものを「防衛秘密」、
自衛隊のみの秘密を「庁秘」と呼びます。
事件で問題になったのは後者です。
ロシア側に手渡された自衛隊資料は、3ランクある庁秘の3番目の「秘」。
事件の第1報(9月8日付朝刊)の見出しにある「機密」は
自宅からは押収されましたが、
その後の捜査当局の調べについての報道をみると、
漏えいはしていないとみられます(10月11日現在)。
自衛隊の秘密については、不透明な指定基準や
件数の膨大さが国会でも取り上げられ、議論のあるところです。
ただ、法律で厳密に管理されているものが、
個人の判断でやすやすと人手に渡るようでは困ります。
また、ロシアとの防衛交流は、
行政レベルでは92年から政策協議や情報交換会が、
部隊レベルでは96年の護衛艦のウラジオストック訪問以来、
艦艇の相互訪問や共同救難訓練などが行われています。
ただし、それらはごく最近の外面上の変化。
自衛隊の演習が、
今もロシア軍を対抗部隊に見立てて実施されているのは、公然の秘密です。
3つめは、公安事件に対する見方です。
田岡俊次編集委員がコラム(9月16日付)で書いているように、
本名で会合場所を予約し、居酒屋などでおおっぴらに資料を交換していた
今回のようなケースを、「スパイ事件」と呼ぶのには、ためらいを感じます。
刑事事件と違って、公安事件は記者の取材先が限定され、
警察から提供される捜査情報に頼りがちです。
87年に米軍横田基地であった資料横流し事件、
東芝機械ココム違反事件など、
いくつかの旧ソ連がらみの事件を取材したことがありますが、
事件報道の基本に戻って慎重に扱わなければ、
いたずらに振り回されてとんでもない
虚像を作りかねないというのが私の教訓です。
誇張され過ぎているな、と感じる部分が今回も少なくありません。
- 「ルサンチマン」に、ドキリ -

創設50周年をめざし、 防衛大学校内は 建設ラッシュ
|
私たちの論文作業は、その後も続いています。
週の大半は、朝から夜までパソコンに向かう日々です。
短い日で8時間くらい、
長い時だと食事を除いて12時間以上、
机にすわりっぱなしになります。
|
論文を書く作業は容易ではありません。
全体の筋立て、細部の言い回し、偏らない表現、
文章の長短のバランス……。
頭の中は、寝ても覚めても論文、論文です。
クラスメートにも、同じ思いに耐えている人がたくさんいます。
論文が締切に間に合わない悪夢にうなされる人、
食事が不定期になって体調が思わしくない人、
家の雑事を避けて学校に居座る人、さまざまです。
なかには、「歴史的な謎解きがおもしろい」と言って
目を輝かせている人もいますが、ごく少数です。
私も、焦りに駆られて朝4時、5時に目が覚め、
突然、机に向かうことが何度かありました。
五里霧中という言葉がぴったりします。
担当教官の指導も、しだいに厳しくなってきました。
私のテーマは「米国の軍事戦略と米軍の日本駐留−
−国防総省から見た在日米軍基地の意義の変遷」。
沖縄の基地問題を社会面に書く時のような調子で
一部をまとめ、教官に提出したときのこと。
「ルサンチマンが込められている」と、
手厳しく指摘されたのにはドキリとしました。
|

論文執筆の「現場」
|
辞書によると、「ルサンチマン」とは、
仏語で「被支配者の支配者に対する恨み」の意。
学術論文は、どんな立場の人が読んでも
公平に書かれていることが要求されます。
教官の指摘は、視点が偏っているということでした。
頭を冷やして、さっそく書き直し。
1章分がA4判で20枚ほどありますから、手直しも大変です。
- 米国の大学院事情 -
朝日新聞の同僚のなかにも、
大学院教育で安全保障を学んだ記者が何人かいます。
インターネットや情報公開法を駆使し、
米国の安全保障政策に食い込んでいる外報部の関本誠記者は、
数年前まで、コロンビア大に留学していました。
日本と違ってかなり実践的なのが特徴で、とってもおもしろそうです。
体験記をいただきました。
関本誠記者の寄稿文
|