研究上の興味・関心

 

学生時代には、分子レベルで一層ごとに積層していく金属ホスホン酸塩の自己集積化膜に関して研究したり、

ゼオライト中にある分子一個程度の大きさの空孔に生成した錯体の研究を行いました。あらためて考えてみると、

「分子レベルでの空間制御」というのが化学に対する根本的な興味であることに気づきます。

 

 さて、現在の関心はというと、「ラングミュア−ブロジェット法を利用した有機/無機ハイブリッド薄膜」に

あります。この薄膜の面白さをまとめると、次のようになります。

(a) 分子レベルで多層薄膜の積層順を制御できる。

(b) 安定な層状構造を有する。

(c) 薄膜中における有機物の密度を容易に制御できる。

(d) 3成分系の薄膜を調製できる。

(e) 分子の配向をそろえることも可能である。

等々。

 

 

“ラングミュア−ブロジェット法”

 まず、ラングミュア−ブロジェット法とは、単分子膜を調製する代表的な手法の一つです。ちょうどせっけん

分子のように、一分子中に親水性の部分と疎水性の部分の両方を持つものを両親媒性分子と呼びます。そして、

分子中の疎水性が十分に強いと水に溶けなくなります。このような分子をきれいな水面上にそっとばらまくと、

分子は水に溶けずに水面上に浮遊します。そこで分子の浮遊している水面の面積を徐々に縮めていくと、ついには

分子同士がぶつかり合い、親水性部分を水側に、疎水部分を空気側に向けて、分子が立った状態で並びます。す

なわち、水面上に一分子の厚みしかない薄膜(単分子膜)が形成されます。面白いことに、このようにして形成された

単分子膜を、一層ずつ、固体基板の表面に移しとり、多層膜をつくることができます。このような薄膜調製法を

ラングミュア−ブロジェット法と呼び、またその方法により調製された薄膜をラングミュア−ブロジェット膜(LB)

と呼びます。

 

 

“無機ナノシート”

 粘土鉱物は2次元シート状のものが積み重なった構造をもつ、無機高分子です。スメクタイトはその一種であり、

水中に低濃度で懸濁させると、2次元シートが一枚ずつはがれ、ばらばらになって浮遊します。この2次元シートは、

長さ 0.11 μm 程度、厚さ約 1 nm で、陰電荷を持っています。特に厚さが nm オーダーなので、このような

2次元シートを無機ナノシートと呼んでいます。同様の無機ナノシートは、粘土鉱物ばかりでなく、チタン酸やニオブ酸

などの酸化物半導体でも得られます。さらに、ごく最近では、ハイドロタルサイトと呼ばれるもののナノシートも

得られるようになりました。このナノシートは陽電荷を有しています。

 

 

“ハイブリッド薄膜の調製”

 いうまでもなく、陽電荷と陰電荷はお互いに引き合います。そこで、無機ナノシートの懸濁液の水面上に、

ナノシートと反対の符号を持つ両親媒性イオンをばらまいたらどうなるでしょうか。両親媒性イオンは懸濁液水面上に

単分子膜を形成し、その水に面している側に無機ナノシートが静電的に吸着します。これが有機/無機ハイブリッド

単層膜です。通常のLB膜と同じようにして、固体基板の表面にハイブリッド単層膜を繰り返しうつしとり、

ハイブリッド多層膜を調製することができます。

 

 

 

 

“ハイブリッド薄膜の構造分析”

 最近ようやくハイブリッド薄膜の応用について展開をはじめたところですが、まだ薄膜の基礎的な性質、特に

その構造に興味の重点があります。次のような分析手法をおもに用いて、薄膜の構造を調べています。

(a) 表面圧−分子面積等温曲線の測定

    水面の面積を小さくしていき、水面上に浮いている粒子同士がぶつかり合ったときに生じる圧力に相当するものを

測定します。ハイブリッド単層膜の形成を確認し、薄膜中の両親媒性分子の密度を見積もります。

(b) 原子間力顕微鏡(AFM)

    固体基板上にうつし取られたハイブリッド単層膜の表面構造、すなわち無機ナノシートのつまりかたを調べます。

 

 

(c) 紫外・可視分光法

    薄膜中に色素が含まれているときには、紫外部や可視部の吸収スペクトルを測定します。積層数に対する吸収強度の

   変化より積層過程の確認をしたり、場合によってはスペクトルの形状から分子の会合に関する情報が得られます。また、

   分子の密度を求めることもできます。さらに偏光を利用して、薄膜中における分子の配向角を見積もることができます。

 

 

(d) 赤外分光法

    たとえ紫外・可視部に吸収がなくても、赤外部に強い吸収帯があれば、紫外・可視分光法と同様に利用できます。

(e) x線回折(XRD)

    out-of-plane モードでは、ハイブリッド多層膜の整層構造、特にその層間隔を求めることができます。層間隔の値より、

   分子の配向や層の重なり方を推定します。In-plane モードでは、薄膜中における分子の二次元規則配列に関する情報が

   得られます。

(f) x線光電子分光法(XPS)

    ハイブリッド薄膜に含まれる元素の定性分析を行います。また、元素の存在比を半定量的に求めたり、表面からの

   深さ方向の元素の分布に関する情報も得られます。

 

 以上の手法を主に利用することにより、ハイブリッド薄膜の構造は、無機ナノシートや両親媒性イオンの種類ばかりでなく、

それらの懸濁液や溶液の濃度にも大きく依存することがわかってきました。最近では、粘土ハイブリッド薄膜中の金属錯イオンの

二次元配列を調べたり、酸化チタン薄膜中における有機分子の光分解にともなう構造変化を追跡したりしています。