第4章 黒潮海流沿い太平洋側の漂着ゴミ実態


4.1 はじめに

 これまでの黒潮海流ルート沿い南西諸島では、中国、台湾、韓国製などの近隣諸国からの外国製ゴミが大量に漂着している海岸域の多い実態を明らかにしてきた。これらの海岸域に押寄せる漂着ゴミは、海流ルートと密接に関連しており、遠距離漂流型のゴミが主流となっている。そのため漂着ゴミの構成・タイプには海岸域的に特徴が認められ、国籍別的にも南西諸島では中国・台湾製ゴミが圧倒していた。

 本章では首都圏沿岸域を形成する相模湾・東京湾に面する海岸(関東沿岸域)と、南西諸島から太平洋側を北上し関東近海で蛇行しながら太平洋沖合に向かう黒潮海流ルート沿い近傍の伊豆諸島・小笠原諸島(硫黄島)での漂着ゴミの実態を提示する。関東沿岸域での調査は大都市近郊の海岸域における漂着ゴミ実態を把握することにある。さらに関東沿岸域などの太平洋沿岸域から排出されたゴミの黒潮海流運搬による行方を推察するために、三宅島、八丈島、硫黄島の調査データを分析し提示している(図4.1)。

 北緯2447分、東経14119分に位置する硫黄島は、小笠原諸島父島の南270km沖合、東京から南方へ1,240km離れた絶海の孤島で、硫黄島のさらに太平洋沖合南方1,380kmには米国領グアム島が位置している。硫黄島調査での最大の興味・関心は太平洋の大海原では豆粒よりも遥かに小さい存在である硫黄島に、どの程度のゴミが漂着しているのか。もしも大量のゴミが漂着していたならば、この漂着量の何千倍いや何万倍もの途方もないゴミが太平洋を延々と漂流している証ではないかと言う実態を把握することにあった。またこれらのゴミの構成・タイプと特徴が、関東沿岸域、三宅島、八丈島のものとの延長線上で説明し得るのか。もしそうであれば、大量の日本製ゴミが太平洋に点在する外国の島々の海岸汚染を引き起こしているのではないかと言うことについてであった。

 

4.2 関東沿岸域と伊豆諸島の漂着ゴミ実態

199856月と1011月の海水浴オフシーズンにかけて、神奈川県(13海岸)、千葉県(2海岸)、東京都八丈島(8海岸)での一斉調査を実施している(図4.2)。相模湾・東京湾沿岸の神奈川県と千葉県の海岸では、総ゴミ数が2,000個を超える海岸が4箇所ある(図4.3)。特に千葉県富津海岸で6,000個以上、平砂浦海岸で4,000個以上と、両海岸とも漂着ゴミで足の踏み場もない状況にある(写真4.1a)と(b))。同様に、神奈川県横須賀市の観音崎公園の海岸や伊勢町海岸も、漂着ゴミ問題は極めて深刻である(写真4.2)。伊豆諸島の八丈島の汐間海岸、底土海岸、垂戸海岸では1,000個以上の漂着ゴミが確認され、島内でも漂着ゴミが目立つ海岸である。相模湾や東京湾沿岸の漂着ゴミはほとんど日本製ゴミであり、大部分の海岸で総ゴミ数に占める日本製ゴミ数の割合が90%以上に達している。これら大量の日本製ゴミは、ゴミ埋立て中の海域や河川からの流出、海岸・船上からのポイ捨てや不法投棄など、海岸域近傍が発生源となっている。相模湾側では、現在市販されていないビールやジュース類の缶容器が漂着している海岸もあることから、過去に海底に沈積したものが高波や破天荒時に打ち上げられたものと推察される。また東京湾側では、数え切れないほど大量の家庭用ポリ袋が漂着・浮遊している海岸が目立った(写真4.3)。この大部分は東京湾奥側のゴミ埋立て海域が発生源と思われ、特に冬季の西風の強い破天荒時に、大量に押し寄せて来る。一方、伊豆諸島の八丈島は島内からのゴミの発生は少なく、その日本製ゴミはむしろ関東沿岸域などの太平洋側から流出し、海流や沿岸流に乗って漂着したと考えられる。

各海岸の総ゴミ数を種類別に区分すると(図4.4)、やはり漂着ゴミには海岸域的特徴が見られる。大磯海岸など相模湾沿岸域はプラスチック類が3050%台で、缶類の漂着度合も高く、4060%台を示す。東京湾沿岸域は、プラスチック類が5070%台、缶類が1020%台の海岸が多い。ビン類は三浦半島先端の赤羽根海岸で54%であるが、相模湾沿岸域や東京湾沿岸域の他の海岸は、10%以下がほとんどである。八丈島の海岸は、プラスチック類の漂着度合が8090%台と高く、ビン類や缶類は10%以下であった。漁具類の漂着が特に目立つのは東京湾沿岸の千葉県富津海岸である。総ゴミ数の25%を占め、その主体は東京湾内の漁業活動に起因する発泡スチロール製ブイである(写真4.4)。

なお首都圏沿岸域の特徴をみるため、破線域で示す3区域に分けて再整理し(図4.2参照)、地域的傾向を比較した(図4.54.8)。3区域の総ゴミ数はいずれも1,000/kmを超えており(図4.5)、漂着ゴミ問題がかなり深刻であることが分かる。大きな特徴は、上述したように日本製ゴミの漂着度合の高いことである。図4.6に示すように、相模湾沿岸域や東京湾沿岸域の神奈川県と千葉県は8090%台が日本製ゴミで、海岸に漂着するゴミのほとんどが廃棄された日本製ゴミと言える。一方、東京から約290km離れた八丈島は、不明ゴミが75%と圧倒的に多く、外国製ゴミ9%、日本製ゴミ16%と、相模湾・東京湾沿岸域とはかなり異なった実態を示し、むしろ第3章で記述した南西諸島の傾向と類似している。これは、長期間・遠距離漂流したゴミほど不明ゴミになる確率が高いことから、大半が不明ゴミである八丈島の漂着ゴミの発生源や漂着ルートは、不明ゴミのほとんどない相模湾・東京湾沿岸域のそれとは大きく異なっているためと言える。

総ゴミ数を種類別に区分した図4.7をみると、相模湾・東京湾沿岸域はプラスチック類が4962%を占め、缶類やビン類の漂着も目立ち、全体に漂着ゴミが多種類に亘っている。これに対して、八丈島は遠距離漂流し易いプラスチック類が圧倒的に多い。しかし、3区域の外国製ゴミを種類別に分類する(図4.8)と、プラスチック類が7080%台で共通性もみられる。このような実態から判断しても、相模湾・東京湾沿岸域などの関東沿岸域と伊豆諸島の八丈島では、漂着ゴミの発生源や漂着ル−トにやはり大きな違いがあると言える。

既存の調査結果を含め関東沿岸域(60海岸)、伊豆半島(36海岸)、伊豆諸島(36海岸)で確認された外国製ゴミ数とその海岸をマップに表示した(図4.94.10)。先の南西諸島の結果と比較すると、各海岸での外国製ゴミの漂着度合は非常に低いが、海岸域の広範囲に漂着していることが分かる。1km当りに換算した外国製ゴミ数(図4.11)を見ると、各海岸域で50/km以下がほとんどである。しかし、八丈島は256/kmと、南西諸島の結果に匹敵する漂着度合となっている。外国製ゴミの国籍を分析すると(図4.12)、韓国製ゴミが20%台、中国・台湾製ゴミが3070%台で、その内中国製ゴミが大半を占めている。

このような実態から推察すると、伊豆諸島の八丈島などに漂着する外国製ゴミは、南方の近隣諸国から黒潮海流に乗って遠距離漂流して来た可能性が高い。なお相模湾や東京湾内、またその沿岸域で確認される外国製ゴミは絶対量も少なく、この海域は外国船舶の往来が盛んであることから、海流による遠距離漂流より、むしろ船舶からのポイ捨て投棄が主因であり、それらが漂着したものと考えられる。

以上、首都圏近傍の関東沿岸域も、多くの海岸ではまさにゴミの墓場と化している。特に関東沿岸域の漂着ゴミは、琉球諸島とは異なり、大半が日本製ゴミである。琉球諸島で大量の外国製ゴミの漂着をみるように、関東沿岸域の日本製ゴミは、太平洋に拡散し、黒潮海流に乗って太平洋に浮かぶ外国の島々の海岸に漂着し、汚染することが懸念される。

 

4.3 太平洋沖合に向かう大量のゴミ

4.3.1 外国海岸への漂着懸念

これまでの調査から沖縄県先島諸島の海岸域では、黒潮海流に乗って、近隣諸国からの大量の外国製ゴミが漂着している実態が明らかになった。一方これとは対照的に、関東沿岸域では漂着ゴミのほとんどは日本製ゴミであることが分かった。さらに調査を進めるにつれ、漂着ゴミのタイプには明らかに地域性のあることに気付いてきた。先述した東京から南方へ290kmにある伊豆諸島の八丈島調査の結果を整理して、関東沿岸域のそれとは大きく異なっていることが分かったことから、一つの重大な懸念を抱いた。即ちそれは、外国製ゴミが日本の海岸に漂着することは、排出された日本製ゴミもまた同様に、海流に乗って外国の海岸に漂着し、海岸汚染を引き起こすことに繋がる懸念である。そこで、関東沿岸域などの太平洋側から排出される日本製ゴミが黒潮海流に運搬されている状況を推察するために、八丈島に続き、さらに三宅島と硫黄島の調査を実施し、これらのデータを加味して黒潮海流によって太平洋沖合に向かうゴミの実態を追跡し把握することにした。

 

4.3.2 大量ゴミの行方

太平洋沖合に向かう漂着ゴミの実態とその行方について、さらに明解にし総括的に論述するためには、関東沿岸域、三宅島、八丈島、硫黄島の4海岸域の調査結果を比較提示して、検討を試みる必要がある。その際、各海岸域でのデータの信頼性を高めるため、今まで何度か調査を実施してきた海岸域では、そのデータをすべて累積して再整理することにした。即ち硫黄島では二回の調査データを、関東沿岸域では19985月〜20015月までの調査データを総計して分析することにした(表4.1)。

各海岸域での漂着ゴミの度合を示す1km当たりの総ゴミ数をみると(図4.13a))、4海岸域で2,5004,000/km範囲にあり、それほど大きな差異はないと判断される。しかし活発な清掃活動のためとは思われるが、人口密度が非常に高くゴミ排出量の多い関東沿岸域(2,502/km)で、離島よりもむしろ漂着度合が低い傾向にある。漂着ゴミとなるゴミの排出が島自体からはほとんど考えにくい三宅島(3,791/km)や八丈島(3,179/km)、さらに東京から1,240km離れ小規模な国機関施設だけがある硫黄島(2,996/km)での総ゴミ数が、関東沿岸域に匹敵していると言うことは、大量のゴミが黒潮海流に乗って太平洋の大海原を漂流していることを裏付けていることになる。

このことは、漂着ゴミの分析結果からも容易に理解できる(図4.13b))。関東沿岸域で観察された総ゴミ数の約90%を占める日本製ゴミ数は、三宅島(25.6%)、八丈島(16.1%)、硫黄島(13.3%)と太平洋沖合に向かうに従い急激に減少する。これに対して、外国製ゴミ数の割合が三宅島(11.3%)、八丈島(9.3%)、硫黄島(8.9%)で10%程度とほとんど変わらないにも拘らず、不明ゴミ数の割合だけが3島で6070%台と急激に増大している。しかもこの外国製ゴミの国籍別割合をみると(図4.13c))、4海岸域での構成比率は、互いによく類似していることを考えると、三宅島、八丈島、硫黄島での不明ゴミの急激な増加要因には、日本製ゴミが起因している可能性が非常に高いと判断される。当然この不明ゴミ化する日本製ゴミには、関東沿岸域のみならず広く太平洋側海岸域から流出したゴミが関東沖合に達するまでに、黒潮海流に乗って延々と運ばれたものもかなり含まれていると推察される。

漂着ゴミの種類としては、いずれの海岸域でもプラスチック類が主体であるが、関東沿岸域はビン類と缶類の漂着も多いのが特徴である(図4.14)。判別できない不明ゴミのほとんど無い海岸は、その発生源が漂着海岸の近傍と推察され、ビン類や缶類の漂着が高くなる。一方、不明ゴミは遠距離漂流して漂着したゴミがほとんどで、その容易性からその主体は当然プラスチック類となる。しかしプラスチック類ゴミの構造的弱さから、途方も無い漂流距離・期間では破片状に損壊して漂着するため、小破片状ゴミはカウントしていない本調査法では、逆に、プラスチック類の漂着量を過少に評価することになる。そのため構造的に強いビン類の漂着量が高くなる。そのことは硫黄島に漂着したゴミの種類別割合から明白である。

 この硫黄島は太平洋の広大な海原では、宇宙の星のように、限りなく小さい点の存在と言える。ある意味では、幸運にも硫黄島に漂着したゴミは、外国の島々の汚染防止に役立っていると見ることもできる。しかし太平洋上で点的存在である硫黄島への大量漂着ゴミの実態を考えると、想像を超えるとてつもない量のゴミが、太平洋の広大な海原を延々と漂流していることになる。いったいこれらの漂流ゴミはどこへ行き着くのであろうか(写真4.5)。

ハワイ諸島の西方、日付変更線付近の太平洋上に米国ミッドウェー環礁が浮かぶ。サンド島、スピット島、イースタン島の三つの島からなるその環礁は、半世紀前には、日米激戦の舞台となったが、今はコアホウドリの世界一の繁殖地となっている。しかし近年、「漂着ゴミの島」としてもクローズアップされている。漁網やブイ、空き瓶類、プラスチック容器類のゴミが大量に漂着している。これらには、日本製、中国製、韓国製などアジアからのゴミが海流に乗って流れ着いたものも多く、年間11トンを超え島では処理しきれない状況になっていると言われている。海中にさまよう漁網(ゴーストフィッシング)に絡まり、アザラシや海亀が衰弱死する例や、コアホウドリの親鳥が海上に浮遊しているプラスチック破片を餌と思い込み、ヒナに与え、ヒナはいつまでも満腹感が残り栄養失調で衰弱死する例など、海洋生物に漂着ゴミが甚大な影響を与えていることが、米国魚類・野生生物局(FWS:U.S.Fish and Wildlife Service)によって報告されている11

また東海大学の久保田教授らは、人工衛星が観測した海上風や海面の凹凸データから北太平洋表層の海流を算出し、漂流ゴミが海流に乗ってどの方向に流れるかをコンピュータ追跡した研究成果を公表している12。それによると、太平洋上の高緯度の漂流ゴミは概ね南東方向に、赤道に近い低緯度の漂流ゴミは北西方向に移動し、わずか数ヶ月の間に北緯2040度の中緯度帯に寄せ集められて、太平洋の東西をほぼ横断する幅一千km前後の漂流ゴミの帯、即ち、「太平洋ゴミベルト」が出現するとしている。特に漂流ゴミが集中する海域は、ハワイ諸島やその北東海域、北米大陸西岸の北部海域、フィリピン周辺の海域とされている。

今まで記述してきた、日本における太平洋上の島々の漂着ゴミ実態は、上述のコンピュータによるシミュレーション結果の一端を裏付けることにもなっている。

4.4 むすび

東京湾・相模湾に面する神奈川県三浦半島の海岸域では、地元でもあることから、先述した1998年の調査に引き続き、1999年と2001年にも調査を実施し継続している。調査では、ほぼ同じ十数箇所の海岸を回り、首都圏近傍の海岸域に漂着するゴミのタイプや量を経年的に捉えることを目的としている。

各年での漂着ゴミはプラスチック類、ビン類、缶類の生活廃棄物と増加傾向にある漁具類で、日本製ゴミが主体であることには変わりはなかった。しかし各海岸で確認したゴミ数を累積し、1km当たりの総ゴミ数として、各年の調査結果を比較すると、一年後の1999年には、1998年の約2倍の3,400/kmに達し、三浦半島海岸域に漂着しているゴミは、明らかに大量に増えていた。三浦半島でも海岸を襲う漂着ゴミ問題が年々深刻さを増していることが伺われる。しかし2001年の調査では幸いにも、総ゴミ数は1,044/kmと前年の3割程度までに減少し、調査した海岸でも漂着ゴミが著しく目に付く海岸は、少なく感じられた。この減少は、漂着ゴミを生み出す不適当なゴミ処理行為で、海洋へ不適切に流出・排出されたゴミ量が基本的に減少したことによるとは、今は考えていない。

即ち1999年の「海岸法」改正によって、海岸域の在り方が従来の「防護」一辺倒から「環境」と「利用」との調和を重視する考え方に大転換を計られたことにより、国家的に海岸環境問題への取り組みに拍車が掛かり、行政的にも漂着ゴミ問題への関心が高まったこと。同時に21世紀は「環境の世紀」と謳われ、「循環型社会形成推進基本法」成立のために議論された廃棄物処理やリサイクル対策等の在り方を通し、ゴミ問題への社会的関心が非常に高まった時期であること。

このような状況を背景に、ゴミ問題に社会的に取り組むことの重要性から、漂着ゴミ問題にも今まで以上に目が向けられ、特に最近、三浦半島の海岸域では、地方治自体、地域住民、シニア会、町内会、自治会、学校、NGONPOなどの多くの組織・団体やボランティアによる活発な海岸清掃活動が行われるようになった。このような海岸環境保全への社会的関心の高まりが活発な清掃活動に反映され、2001年の調査では漂着ゴミの減少に繋がったものと考えている。

しかし相変わらず増加し続ける産業・一般廃棄物、廃棄物処分場の新規計画激減と自己負担制大型家電リサイクル法施行による不法投棄激増など、漂着ゴミの大供給源となるゴミ問題には低減要因を見出せないのが現状である。このことは漂着ゴミの激増にも繋がり、一層、海岸清掃活動を大々的に展開することが重要な意味を持つことになると考えられる。