第6章	漁具類・タイヤ・医療廃棄物等の漂着実態

6.1          はじめに

これまで沖縄県与那国島から北海道礼文島に至る全国の主要海岸域における漂着ゴミの国籍や種類に関する海岸域的特徴を明らかにしてきた。本章では、まず漁具類とタイヤに着目して、その漂着実態について全国的にまとめて提示する。なお海岸に押寄せる漂着ゴミの主体は生活廃棄物類と漁具類であるが、しかしこれらの漂着ゴミに混じって危険な医療廃棄物が漂着している海岸も目立つ。また大量に漂着したゴミを直接焼却処分する「浜焼き」処理が多くの海岸で依然として実施されている実態がある。そこで、ここではさらに、危険な医療廃棄物(注射器と医薬ビン)の漂着実態や「浜焼き」処理に起因する有害化学物質の発生流出の可能性を通して、漂着ゴミによる懸念される恐ろしい海岸汚染問題について論述する。

 

6.2          漁具類・タイヤの漂着

漁具類の漂着は、調査データではほとんどの海岸で総ゴミ数に占める割合が20%以内にとどまっており、生活廃棄物を主体としたプラスチック類ゴミ数に比較して、見かけ上かなり少なかった。これは過少評価されたものでその第1の要因は、まず本調査方法では、プラスチック製ブイと発泡スチロール製ブイ及び漁網塊の3点のみを漁具類として扱っていること。しかも両ブイはいずれも直径2030cm程度以上の大型ブイを、漁網はほぼ1m以上に亘って塊状に漂着しているものを対象としていることにある。漁具類として漂着の目立つプラスチック製ブイには、この大型ブイの他に、多種類の小型ブイや釣り浮き及びフロート類がある。ここでは、これらは全てプラスチック類ゴミとして扱っている。また発泡スチロール製ブイの場合には、破片状に割れブイとしての形状を留めていないものは調査の難儀性からカウントされていない。逆にほとんどの海岸では、このような小破片状の発泡スチロール片が、大量に漂着している場合が多い。さらにプラスチック製の漁仕掛け具、釣り餌用容器や救命用具類なども多く、これらは、適宜、プラスチック類ゴミなどとして区分している。特に春季の調査で全国的に観察されるのが、漁船で使用された大小様々な電球・蛍光灯管類である。ほとんどは国籍の判別は難しいが、中にはハングル語や中国語表示のあるものが漂着している。これらの電球類はガラス製なのでビン類に含めている。同様にビン類にはガラス製ブイも含めている。現在は漂着しているブイのほとんどは先のプラスチック製ブイが主流であるが、大型及び小型のガラス製ブイも、数量的には少ないがまだ確認される。さらに先島諸島などの沖縄県の島々で大量にその漂着が確認されるのが「浮き球」である(写真6.1)。この浮き球は直径10cm程度の球状のボールで、材質が硬質の発泡スチロールであることから、ここでは、小型ブイと同様にプラスチック類ゴミとして扱っている。中心に穴が空いており、竹竿などの棒に串刺し状に複数個連結して、あるいは紐やロープに数珠状に通して、漁具類の一部として使用されたものが、漂着したと思われる。表記文字等は全くなく国籍の判別はできないが、地元漁業関係者などの話によると、「浮き球」を使用する漁法は島々では行われていないと言うことから、近隣諸国から海流によって運ばれ漂着した外国製ゴミと推察される。

タイヤは漂着ゴミの中でも大型で重く処理に困る厄介なゴミの一つである。通常は乗用車用タイヤの漂着が多いが、中にはダンプカーやトレーラなどの重機車両のものと思われる直径数mの大型タイヤが漂着している場合もある。海岸域で確認されるタイヤのほとんどは、内側の金属製ホイルが抜き取られていることから、これらのタイヤは緩衝材やクッション材として利用され、種々船舶の船縁などに取り付けられていたものが、海上での離脱や交換投棄で漂着したと推察される。このような漂着タイヤの中には、漁船で使用されていたものも当然含まれている。他の船舶で使用されていたものと区別することは難しいが、漁船から排出されたタイヤは漁具類と見なすことができる。以上のような漁具類の漂着実態を考えると、漂着ゴミに占める漁具類の実質的な割合は本調査結果より遥かに高く、海岸を汚染する漂着ゴミの主要因子の一つである。

今までの全国での漁具類とタイヤの調査データを、31箇所の主要海岸域に区分して、1km当たりの個数で整理し、漂着実態を比較してみた(図6.16.4)。図中の番号112は南西諸島の海岸域、番号1325は日本海・オホーツク海側の海岸域、番号2631は太平洋側の海岸域である(番号は図2.3と表2.1中の番号と対応している)。

本調査で対象としたプラスチック製ブイ・発泡スチロール製ブイ・漁網塊と、それら三種類を総計した総漁具類の1km当たりの個数をみると(図6.1)、長崎県対馬(番号13)と壱岐(番号14)の漂着度合が圧倒的に高く突出している。1km当たりの総漁具類数は対馬で4,041個、壱岐で2,486個に達している。特に対馬では朝鮮半島に面した小茂田浜〜田ノ浜の海岸域、壱岐では東部芦辺町の海岸域で、大量漂着している漁具類が確認される(写真6.2)。この両海岸域を除いても、太平洋側に比較して日本海・オホーツク海側と南西諸島の海岸域で漁具類の漂着は高い。漁具類の中でも日本海・オホーツク海側では漁網塊、南西諸島ではプラスチック製ブイの漂着が著しいことが分かる(図6.2)。先島諸島の与那国島、西表島、宮古島などでは、国籍不明のプラッスチック製ブイや発泡スチロール製ブイで埋め尽くされている海岸が多い(写真6.3)。太平洋側でも東京湾などのように、閉鎖的湾地形で、しかも漁業活動の盛んな海岸域では、漁や養殖棚用に使用された発泡スチロール製ブイなどの漁具類が棚竿などと共に、潮流や風向などの関係で大量に漂着する海岸もある(写真6.4)。

 

そこで、各海岸域で確認された三種類の漁具類の漂着割合を比較すると、概ね地域的傾向が認められる(図6.3)。南西諸島(番号112)では発泡スチロール製ブイが60%台以上で、しかもプラスチック製ブイが2030%台の海岸域がほとんどである。日本海・オホーツク海側での対馬〜山陰沿岸域(番号1315)に掛けては、やはり発泡スチロール製ブイが主体で6080%を占めるが、さらに北側の佐渡島〜北海道沿岸域(番号1825)では漁網塊とプラスチック製ブイの漂着が主体となっている。太平洋側では関東沿岸域(番号28)から硫黄島(番号31)へと太平洋沖合に向かうに従い、漂着する漁具類の主体は発泡スチロール製ブイ(関東沿岸域で76%)から構造のしかりしたプラスチック製ブイ(硫黄島で80%)に変化している。

漁具類の大部分、90%以上は全く判別できない不明ゴミとして分類される。特に発泡スチロール製ブイにおいては、それは100%に近い。しかし中には、プラスチック製ブイにハングル語や台湾・中国の地名が表記されたものや、漁網塊では取り付けられていたフロート類に中国語が明示されたものなどがあり、国籍判別が可能なものもある。ちなみに総漁具類に占める確認できた外国製漁具類の割合は、南西諸島で4.4%、日本海・オホーツク海側で5.0%、太平洋側で5.1%程度であった。

一方、今まで漂着を確認したタイヤの総数は975個であった。漁具類の漂着数から見ると、その漂着状況はかなり少ない。しかし1km当たりの個数に換算して、各海岸域での漂着状況を比較すると(図6.4)、南西諸島よりむしろ日本海・オホーツク海側と太平洋側で漂着度合の高いことが分かる。南西諸島ではほとんどの海岸域で13/km程度で、平均的には1.8/kmであった。これに対して日本海・オホーツク海側と太平洋側では、1050/km範囲の海岸域がかなりあり、特に新潟県沿岸(番号17)で52/km、利尻島(番号23)で22/km、礼文島(番号24)で29/km、八丈島(番号30)で23/kmと多かった。平均的には、日本海・オホーツク海側で13/km、太平洋側で11/kmであった。

 

6.3          危険な医療廃棄物の漂着

漂着ゴミの主体はペットボトルや洗剤容器などの廃プラスチック類、飲食用のビン・缶類などの生活廃棄物や漁業活動に関連する漁具類である。しかしこれらに混じって注射器や医薬ビンなど、危険な医療廃棄物が漂着している海岸も目立つ。「感染の恐れ」といった危険性のある医療廃棄物は法令上「特別管理産業廃棄物」と呼ばれている。廃棄に当たっては特別な処分がなされ、一般廃棄物として処理できないにも拘わらず、多数、海岸に漂着している実態がある。20011月にはロシア語が表記された大量の注射器(数万本と推定)が北陸地方などの日本海側の広範な海岸域に漂着していることがマスコミ等で報告され、社会的関心事となった。

漂着医療廃棄物(主に注射器と医薬ビン)の実態調査は19988月から本格的に開始している。まず相模湾・東京湾沿岸域(15海岸)と東京都八丈島(8海岸)の調査データ(1998年)では、23箇所中9海岸で医療廃棄物が確認されている。9海岸の総計は、注射器14本、医薬ビン25本であった。その内、発生源が島内とは考えにくい八丈島の海岸では、注射器10本、医薬ビン6本が確認されている(写真6.5)。また同年8月の沖縄県先島諸島の調査データでは、14海岸で注射器28本、医薬ビン447本、さらに199934月の同諸島調査データでは、32海岸で注射器50本、医薬ビン149本確認している(写真6.6)。先島諸島では、医療機関が少ない島内からの流出の可能性はほとんど考えられない。199811月の新潟県沿岸域と佐渡島調査データでは、調査海岸6箇所で注射器6本、医薬ビン20本を確認している。また199945月の北海道日本海沿岸域からオホーツク海沿岸域調査データでは、調査海岸19箇所で注射器12本、医薬ビン31本を確認している。さらに山陰地方沿岸域、津軽海峡沿岸域、東北地方の日本海や太平洋沿岸域、三宅島、硫黄島などの海岸域でも医療廃棄物の漂着を確認している。

今までの調査結果(200012月時点)を地域ごとにまとめて比較すると、琉球諸島・屋久島74海岸、九州西岸・山陰沿岸25海岸、関東沿岸43海岸、北陸沿岸10海岸、北海道沿岸29海岸で、全海岸181箇所中130海岸(7割以上)で医療廃棄物が確認されている(図6.5)。その総計は注射器264本、医薬ビン1,442本に達した。各地域の漂着状況を1km当たりの個数に換算して比較すると、琉球諸島・屋久島(A-ZONE)と北陸沿岸(D-ZONE)の漂着度合が高い。特に先島諸島の与那国島と石垣島では、医薬ビンが1km当たり43個と23個になっている。医療廃棄物は表記等が消失したものが多く国籍判別はほとんどできないが、しかし、中には韓国製注射器や中国製医薬ビン等が確認されている。医療廃棄物の漂着度合の高い先島諸島や日本海沿岸域などでは、大量の外国製ゴミの漂着が確認されることから、これらの漂着医療廃棄物の多くには近隣諸国から漂流して来たものも含まれている可能性が極めて高い。

 

6.4 懸念される恐ろしい海岸汚染

最近環境庁は、ダイオキシン類、塩化ビフェニール、有機スズ、ビスフェノールA、フタル酸エステルなど67種類の化学物質を環境ホルモンとしてリストアップした13。特に19972月、国際癌研究機関が青酸カリの約1万倍の毒牲を持つダイオキシン類は「発癌牲がある」と判断し、健康に悪影響を及ぼす有害物質に規定した。日本でもダイオキシン問題が、社会に大きな反響を与えていることは周知のとおりである。ダイオキシン類の全発生量の約8割は、ゴミ焼却に起因している。特に身近な有機塩素系化合物(塩化ビニール、ポリ塩化ビニール、ポリ塩化ビニリデンなど)のプラスチック製品類の不完全焼却が主因で発生する14。これら化合物は、絶縁テープ、包装用フィルム、被覆材、建築新材、シート、袋ものや容器などさまざまなプラスチック製品の材料となっている15現在、既成廃棄物焼却施設の廃止や構造・管理の改善と共に、学校や一般家庭でのゴミ焼却の全面禁止、排出ゴミの徹底的分別やリサイクル・リユースが積極的に実施されている。そのため近頃では、ダイオキシン類の年間発生量の低減が図られ、ダイオキシン類に起因する大気・土壌・河川などの環境汚染問題も徐々に改善されつつある。

しかし日本列島の海岸線には大量のゴミが漂着しているのが実態である。既に触れたように、漂着ゴミの8割以上が生活廃棄物や漁具類などのプラスチック製ゴミであり、しかも遠距離漂流して来る外国製ゴミでは89割がプラスチック製ゴミである。ダイオキシン類発生源の塩素を含んだプラスチック類ゴミの定量的評価は試みていないが(材質表示がほとんど明示されていないので、現地で識別するのは難しい)、漂着ゴミには塩素を含んだプラスチック類ゴミも相当量含まれている可能性がある。大都市近郊の海岸や観光地の海水浴場は、シーズン中に清掃される海岸もあるが、このような海岸は全国的には非常にわずかである。多くの海岸では漂着ゴミがあまりにも大量で、その処理に直接「浜焼き」せざるを得ない実情が伺われ、その痕跡が随所で確認された(写真6.7a)と(b))。調査では、漂着ゴミの「浜焼き」処理による焼却痕跡を、実に調査海岸数の半数以上で確認している。「浜焼き」の場合は当然プラスチック類の分別は行われず、不完全燃焼の状態でくすぶり続ける。海岸でのダイオキシン類調査例や「浜焼き」跡での焼却灰中のダイオキシン類測定例の報告はまだないが、日本列島のあらゆる海岸で行われる大量漂着ゴミの「浜焼き」処理は、産業廃棄物処理施設でのダイオキシン類の発生問題以上の危険性をはらんでいる。

「浜焼き」の焼却灰中には、ポリ塩化ジベンゾフランを中心としたダイオキシン類が生成される可能性が高く、それらは砂に混入し、やがて海水や底質土を汚染するが、水に溶けにくい脂肪親和牲であることから、海に流れ出て海洋生物やそれらを餌とする生物間で食物連鎖を通して徐々に濃度が高まる。ポリ塩化ジペンゾフランを含んだポリ塩化ビフェニール(PCB)が、日本近海のクジラ、イルカ、シャチなどの体内から高濃度で検出されていることは既に周知のことである16)。ダイオキシン類のほかに、環境ホルモンの有機スズ(トリプチルスズ・トリフェニルスズなど)、ビスフェノールA、フタル酸エステル(フタル酸プチルペンジル・フタル酸ジエチルヘキシルなど)なども漂着ゴミと密接に関連している。これらはダイオキシン類に比べて毒牲は低いが、極微量(有機スズの場合致死量の約1万分の1)で魚介類はじめ人間までもホルモン異常を誘発し、生殖機能などに影響を与えるエストロゲン作用のある内分泌攪乱物質である15)。有機スズやビスフェノールAなどの環境ホルモンによって、生殖異常やインポセックス(雌雄胴体)現象がイボニシ貝、鯉、カレイなどに見られ、既に欧米で指摘された現象が日本でも報告されている13),16)。ビスフェノールAはポリカーボネート樹脂とエボキシ樹脂製のプラスチック製品の原材料である。またフタル酸ブチルベジンやフタル酸ジエチルヘキシルなどのフタル酸エステルは、塩化ビニールなど多種類のプラスチック製品の可塑剤として使用されている。日本では現在使用が禁止されているトリブチルスズやトリフェニルスズなどの有機スズは、船底塗料や魚網の防汚剤として依然使用している国々がある。これ以外にも漁具類の漂着ゴミの中でも特に目立つ発砲スチロール製ブイはスチロール樹脂(ポリスチレン)であり、条件によっては環境ホルモンのスチレンダイマーやスチレントリマーが溶け出す可能性が懸念されている13)

さらに20003月九州〜東北地方の日本海沿岸域に、故意による不法投棄と考えざるを得ない硝酸や過酸化水素などの化学薬品名が表示された4万個近くのポリタンクが、漂着した事件も起こっている6)。漂流中に海洋に流出したのかは不明であるが、幸い殆どが空状態で漂着していた。今後も恐ろしい有害化学物質が大量に漂着することは十分に考えられる。早急な防止対策の検討が望まれる。

 

6.5 むすび

本章ではまず、海岸域に漂着している漁具類・タイヤの実態についてまとめた。海岸域に漂着した漁具類は重大な汚染因子となっている。基本的には、漂着漁具類の排出責任者は水産・漁業関係者であることは明白である。国や地方治自体の水産・漁業関連機関が主導となって、防止・処理対策を推進することが求められる。特にブイ等に使用された発泡スチロール片の漂着は深刻な問題である。まさに日本列島の海岸線は雪が降り積もった様に、真っ白な難分解性の発泡スチロール片で埋め尽くされる危機感を抱く。このような発泡スチロール製ブイを含め、容易に漂着ゴミになる漁具類の構造的改善・技術的工夫や使用禁止などの措置対策を図り、漁業関係者は漂着ゴミ発生の防止対策を積極的に実施していくことが肝要である。

漁具類などの漂着ゴミに比べて漂着数は少ないが、医療廃棄物の漂着もまた、確実に多くの海岸域に漂着している実態が明らかとなった。本来、生活廃棄物と混じって海岸域に漂着するはずのない廃棄物である。不当な海洋投棄によるものか、海岸や河川への陸域投棄による海洋流出で漂着したものか、その漂着ルートは不明である。しかしこのような実態から判断すると、確認される医療廃棄物は「氷山の一角」にすぎず、大量の漂着ゴミの中に埋れ識別できにくい医療廃棄物が、日本列島のあらゆる海岸域に漂着していることが示唆される。漂着原因の早急な実態解明が望まれる。さらに分別もされない大量漂着ゴミの「浜焼き」処理の実情を鑑みると、漂着ゴミ問題では、環境ホルモン発生・流出の懸念や有害化学物質による恐ろしい環境汚染問題に踏み込んで、海岸域の防止対策を検討する必要性に迫られる。