2章 漂着ゴミの調査方法と調査海岸域

 

2.1 調査のポイント

 海流に乗って海洋を漂流する残留性の廃棄プラスチック類は国際的海洋条約でも主要な海洋汚染因子として規定されている。

日本はアジア大陸の東端に位置し、東シナ海、太平洋、日本海、オホーツク海に囲まれ、5,000余りの島々からなる東西3,000km以上に亘る弧状列島を形成している。また東シナ海、日本海、オホーツク海を介して、台湾、中国(中華人民共和国)、韓国(大韓民国)、ロシア連邦極東と近接した地理環境にあり、日本の海岸線は約34,400kmに及んでいる。沖縄県与那国島は台湾と約111km、長崎県対馬は韓国と約50km、北海道宗谷岬はロシア連邦サハリン州と約160kmに対峙している。フィリピンの赤道付近から台湾東端の東シナ海を流れる黒潮海流は太平洋側近海を北上して、関東沖合で北方から南下する親潮海流と合流し、蛇行しながら伊豆・小笠原諸島近海を流れ太平洋沖合へと向う。その間、黒潮海流は奄美諸島西側沖合で分岐し、分岐した流れは対馬海流となって日本海側近海を北上し、ロシア連邦サハリン州沖に流れる(図2.1)。

自然の宝庫西表島マングローブ干潟の海岸線を延々と白雪のように染めていた発砲スチロール製ブイ群、亜熱帯の楽園石垣島の珊瑚礁海浜を覆い尽くしていたプラスチック製容器類、日本海の荒波で大岩に絡み付いていた漁網塊など、これら漂着ゴミのほとんどは、日本近海の海流に乗って運ばれ、打ち上げられたものである。漂着しているゴミをよく見ると、漢字だけの文字やハングル文字などが表記されたものがかなり混じっており、これらは中国、台湾、韓国などの近隣諸国からの外国製ゴミである。

漂着ゴミ調査の主要なポイントは産出発生源の推定と漂流漂着ルートの解明にあり、早急な防止・処理対策が計られるように、漂着ゴミ汚染問題の深刻さについて、社会的に警鐘を鳴らすことが重要と考えられる。そのためには、まず下記の事項を考慮して調査方法を確立する必要がある。

@        海岸に漂着しているゴミは海流と密接に関連していると思われることから、発生源や漂着ルート解明には近海の海流ルートを考慮して調査海岸域を決める必要がある。

A        漂着しているゴミの国籍を判別する必要がある。

B        防止・処理対策を推進する上にも、漂着ゴミのタイプを種類別に分類する必要がある。

C        多い少ないの判断をするために漂着ゴミを定量的に評価する必要がある。

D        漂着ゴミ量の季節的・経年的傾向を推定するために、定期的に調査する代表的な海岸域を決める必要がある。

即ち、漂着ゴミの防止・処理対策の確立に繋がる産出発生源の推定と漂流漂着ルートの解明が達せられる調査方法を組み立てることが重要となる。

 

2.2 漂着ゴミの判別・評価

前節の必要事項を考慮した実効性のある調査方法を試行錯誤的に検討して、概ね下記の調査方針を定めた。

@        流木や海藻、深く埋没したゴミは除き、目視観察で確認できる状態で漂着している人工的ゴミ(漂着ゴミ)を対象にすることにした。

A        全国的に調査を展開していく必要性を考慮して、漂着ゴミの定量的な評価方法としては、海岸域で漂着しているゴミの個数を一個づつ数える「個数評価方法」を採ることにした。その際、小破片的形状のもの(適宜判断する:明確な基準は設けていないが、調査海岸域で大差のないように努める)は除き、ある程度構造のしっかりした形状の明瞭なものとした。

B        発生源・漂着ルート解明のために、まず漂着ゴミを日本製ゴミ、外国製ゴミ、不明ゴミの3タイプに区分することにした。なお不明ゴミは、日本製か外国製か判別できないゴミである。

C        外国製ゴミの確認・判別はゴミに付着しているラベルや表記文字を利用することによって、ほとんど可能であった。なお付着しているバーコードラベルの活用は、よりスムーズな確認・判別に有効であることが分かった。

D        地域性は認められるが、日本の海岸域に漂着している外国製ゴミのほとんどは、中国(旧香港含む)、台湾、韓国、ロシアの近隣諸国のものと判断されることから、外国製ゴミは中国製(旧香港製含む)、台湾製、韓国製、ロシア製とその他の5種類にさらに細区分することにした。なおその他に区分される外国製ゴミは英字表記のものが主体であった。ちなみに、バーコードの先頭二〜三数字は、中国:690691、香港:489、台湾:471、韓国:880、ロシア:460469、日本:4549である。

E        漂着ゴミは多岐の種類に亘っているが、特に発生源の推定に役立てるために、プラスチック類、ビン類(他のガラス製ゴミ含む)、缶類(他の金属製ゴミ含む)、漁具類の4種類に大別することにした。ここでの漁具類は直径あるいは大きさが2030cm程度以上のプラスチック製ブイと発砲スチロール製ブイ(発泡スチロール容器類含む)及び漁網塊(ロープやシート類含む)とした。なお漁船等の漁業活動で使用されたと思われる電球等のガラス製ゴミはビン類、プラスチック製小型フロートや浮子等のプラスチック製ゴミはプラスチック類とした。

F        断崖絶壁や岩場・岩礁域など踏査に著しく危険を伴うと判断される海岸域や消波工ブロック等を設置している人工護岸域は調査海岸域の対象から除外することにした。

G        調査した海岸長を調査海岸距離として記録し、海岸域に漂着しているゴミの数量的度合は、調査海岸距離内で数えた漂着ゴミ数を単位距離(例えば1km)当たりの個数に換算して評価することにした。

H        海岸域での調査範囲は、原則として海岸長全域を対象にすることにした。但し、海岸長が延々と続く場合(5km以上目安)や、大量の漂着ゴミが存在し調査に多大な時間を要すると判断される場合(3日間以上目安)には、妥当な漂着ゴミの評価が得られる範囲で、調査海岸距離を定めることにした。なお、特に島の調査では、島全体としての漂着ゴミ量の評価をする必要があることから、偏りの無いように海岸域を設定し、可能な限り島を周回しながら調査することにした。

I        上記Eでの4種類の漂着ゴミに加え、別途に、廃タイヤ、医療廃棄物(主に注射器と医薬ビン)の漂着実態についても記録することにした。

 

2.3 調査方法

海岸に漂着するゴミの定量的評価方法については、決まった統一的な方法はない。前節で記述したように、本研究では、漂着ゴミの定量的評価を海岸域でのゴミの個数(大小に関係なし)を数える個数評価方法によって実施することにした。漂着ゴミの対象は自然分解容易な流木や海藻類は除き、人工物質のプラスチック類・ビン類(他のガラス類含める)・缶類(他の金属類含める)・漁具類に大別した。いずれのゴミも破片的形状のものは除外し、ある程度構造のしっかりした形状の明瞭なものとした。漁具類については約1m以上に亘って塊状に漂着している漁網塊(ロープやシート類を含める)と、直径2030cm以上のプラスチック製ブイ及び発泡スチロール製ブイ(容器類も含める)を対象にした。しかし、漁船で使用された電球・蛍光灯管などのガラス製ゴミはビン類に、小型フロートや漁仕掛け具などのプラスチック製ゴミ、使い捨てライタなどはプラスチック類に含めることにした。よって本調査での総ゴミ数は、プラスチック類・ビン類・缶類・漁具類の総個数を意味する。また漂着ゴミは表記文字やバーコードなどから、国籍別に区分することにした。まず日本製・外国製・不明ゴミに分ける。さらに外国製ゴミは中国製(旧香港を含む)、台湾製、韓国製、ロシア製と、それ以外のその他(英字系等)の5種類に名称区分する。不明ゴミはラベル等が欠損していて、日本製か外国製かの判別ができないものである。さらに注射器や医薬ビンなどの医療廃棄物と廃タイヤの漂着状況を可能な範囲で同時に調査することにした。ゴミの漂着程度を定量的に比較する指標としては、単位距離(例えば1km)当たりのゴミ数で表示する数値指標を用いることにし、海岸域での調査距離(海岸長)を記録することにした。併せて海岸清掃の有無状況や漂着ゴミの「浜焼き」の実態についてもメモをとることにした。

 

2.4 主要な調査海岸域

漂着ゴミの産出・発生源や漂流・漂着ルートを解明し、適切な防止・処理対策を確立するためには、綿密でしかも緻密な分析調査から、漂着ゴミの国籍・種類に関する地域的特徴を把握することが重要となる。多くの海岸には国内から排出された日本製ゴミに加え、近隣諸国からの大量の外国製ゴミが漂着している実態がある。このような外国製ゴミは、海流によって運ばれている可能性が極めて高いことから、主要な調査海岸域は、日本近海の海流を考慮して設定した。

@               黒潮海流が南方から北上するルート沿いの沖縄県を中心とした東シナ海上南西諸島の海岸域:与那国島、波照間島、西表島、黒島、竹富島、石垣島、多良間島、宮古島(池間島含む)、伊良部島、久米島(奥武島含む)、粟国島、伊平屋島、沖縄本島(以上沖縄県)、屋久島(鹿児島県)。

A               黒潮海流から分岐した対馬海流が大陸側を北上する九州玄海灘〜北海道宗谷岬沿岸域とオホーツク海沿岸域及びその近海上離島の海岸域:対馬、壱岐(以上長崎県)、山陰沿岸(山口・島根県)、舳倉島(石川県)、佐渡島、北陸沿岸(以上新潟県)、飛島(山形県)、北海道日本海沿岸、奥尻島、利尻島、礼文島、オホーツク海沿岸(以上北海道)。

B               日本海を北上する対馬海流が太平洋側へ分岐して流れ込む津軽海峡沿岸の海岸域:下北半島沿岸(青森県)

C               親潮海流が太平洋を南下するルート沿いの宮城県沿岸の海岸域。

D               関東沿岸の海岸域と、南方からの黒潮海流が関東近海で蛇行し太平洋沖合に向かうルート近傍の伊豆諸島と小笠原諸島の海岸域:相模湾沿岸(神奈川県)、東京湾沿岸(東京都・千葉県)、三宅島、八丈島、硫黄島(東京都)。

ここで、南西諸島と日本海側の調査では、黒潮と対馬海流が遠距離に亘って運んで来る近隣諸国からの大量の外国製ゴミに注目している。一方、関東沿岸・三宅島・八丈島・硫黄島ルートの調査では、太平洋沖合に向かう黒潮海流に乗って、日本製ゴミが太平洋に浮かぶ外国の島々の海岸を汚染する懸念に着目している。

さらに定点的海岸域を設け、定期的に調査をすることにした。漂着している外国製ゴミの海岸域的特徴を考慮して、それらの主な海岸域を黒潮海流沿い東シナ海上の沖縄県先島諸島(八重山諸島と宮古諸島)、対馬海流沿い日本海上の新潟県佐渡島、太平洋側の関東沿岸、黒潮海流の流路近傍に当たる太平洋沖合1240kmに浮かぶ硫黄島に設定した。先島諸島では、1998年から年2回春季(34月)と夏季(78月)に調査を継続して実施することによって、漂着ゴミの季節的及び経年的推移傾向を把握することにした。

19983月から開始した本調査では20018月末の時点までに、当初の設定海岸域を考慮して31箇所の海岸域を中心に延べ497海岸を回り、その内403海岸で漂着ゴミの種類・国籍等に関する詳細な分析調査を試みている(図2.3と表2.1)。本調査での延べ調査海岸距離は204.8kmに達する。そこで本研究では、19983月〜20018月時点までの調査データに基づき、漂着ゴミの構成・タイプや海岸域的特徴などから、日本列島での漂着ゴミ汚染の実態とその深刻さについて論述する。

なお、著者の本研究は、本科卒業研究からの継続であり、これまでの調査データをすべて考慮して記述した。また著者はタイ王国からの留学生であり、本研究成果をタイ王国の海岸保全に役立てたいとの思いから、20008月にタイ王国の海岸42箇所で漂着ゴミ調査を実施し(図2.4と表2.2)、日本列島での調査データとの比較を試みた。