今我々が常識だと思つて語り合つて居る事柄でも、何年か経てばお互いに忘れて行く。 本書に綴られた鑛山の沿革や物語も、大部分は関係者の熟知する事だらうと思ふ。 只、今、今日纒めて置かなかつたならば、其の何れかの部分から隠滅して行くであらう事を考へて編纂を企てた次第である。 本書の内容は、此の計画に賛成して寄せられた東北各鑛山の資料を主体とし、若干各方面研究家の貴重なる資料で補填したものである。 文章等は体裁を揃へる程度の僅小の取捨を行つた外は、寄せられた其の儘である。随つて之は、ほんとうの粗材であり、備忘録である事に心を留めて戴き度い。
取纏められた各鑛山の資料は古くは奈良朝の時代から、最近の事情に迄及んで居る。 其れが各縣郡に亘り別々に出て居るのであるから、恐らくは、忙しい読者に読み辛い感を与へる事と思はれる。 併し之はどれも、一貫した鑛山發達史の一頁であつて、之を取纏めると、東北の鑛山史が點綴せられて居るのである。
本書にある最古の記事は、尾去澤及白根の産銅、産金が和銅、天平の時代に行はれたと云ふ口碑であるが、古い時代であつて、いま之を確むる由も無い。 正史に載せられた最初の東北鑛山開發記は、恐らくは小田の産金事情であらう。