卒業研究 (平成8年度)


1.アモルファスAl-Mnの結晶化過程:石橋貴志(本科41期)

学生のためのワンポイント レッスン

これまでの結晶学では、1,2,3,4,6回軸しか許されなかった。(正五角形で平面を埋めることができない。難しい言葉では、並進対称性を持たない。)しかし、5回軸を持った結晶が発見されて、準結晶と名付けられた。でも、アモルファス(非晶質)、準結晶、結晶と考えたとき、準結晶の結晶構造安定性は何だろう?

2.金属ナトリウムの液体−固体相転移:峯 章恭(本科41期)

学生のためのワンポイント レッスン

高速増殖炉の冷却材としてのナトリウム:

(長所)高い熱伝導率(水の100倍)、高い沸点、配管などを腐食させにくい、中性子の吸収が少ない。

(短所)水や空気と反応する。

水銀や鉛は密度が大きく、ポンプの負担が大きい。材料の腐食の問題もある。
 


Analysis by Ultrasonic Measurement of Liquid-solid Phase Transition in Metallic Sodium

By Hiroshi ABE, Haruyo YOSHIZAKI, Nobuyuki ISHII and Akiyasu MINE

Memoirs of the National Defense Academy, Japan, Vol. 40 No. 1, (2000) pp. 53-57


アモルファスAl-Mnの結晶化過程

石橋貴志

第1章 【序論】

 結晶のもつ回転対称性は周期性との共存から2、3、4、6回対称の4通りに限られているというのが従来の定説であったが、1984年、Shechtman(1)(イスラエル)のAl合金急冷実験による正20面体の対称性の発見と、Penrose(英国)(2)らによる幾何学の発展により、それまでの結晶学に準結晶という新しい概念を生み出した。準結晶構造の特徴的性質は、結晶と非晶質(アモルファス)の中間的なものである。具体的には原子の準周期的配列、それに伴う結晶では許されない対称性及び相似比が無理数である黄金比τの自己相似性などがある。

 今日に於いて、幾何学的概念としての準結晶はほぼ確立しているといってよい。それをもとにして位相欠陥や転位などの欠陥の分類や準結晶はこれまでに数十種類の合金性で見つかっており、普遍的な構造と考えられる。その多くはアルミニウムの3元合金であり、具体的な原子配列のモデルも構築されているが、それらはほとんど粉末回折パターンや動径分布関数から展開されている。単準結晶の構造解析法を確立するのは容易ではない背景がそこにある。

 準結晶の幾何学的概念から発する位相欠陥や転位などの欠陥の分類や力学的性質、物性に関しては、理論・実験両面に於いて盛んに研究されているが、準周期構造上の電子状態、フォノン状態、スピン統計などの理論が一次元の場合を除けば不十分であるために、合金や人工準結晶における実験的研究からは残念ながら構造の研究ほどに明確には解明されていない(3)。準結晶の概念の確立の重要性としては、性質的に結晶とアモルファスの中間の秩序を保つという単に準結晶の珍しい構造の発見というだけでなく、結晶からアモルファスに至る過程及びそれらの構造上に生じる物性を統一的に理解するカギになるということがある。

 また今日、軽量かつ高硬度である準結晶の特性を利用した準結晶合金の研究も行われており、木村久道はアルミニウムのナノ粒径準結晶を含ませたバルク材が従来の高強度アルミニウム合金よりも高い引張強度を持つ特性を発見している(4)。準結晶の物性を研究することは結晶学の発展拡張に大きく貢献し、また高性能新素材の開発にも結びつき、意義ある研究分野である。

 本研究に於ける目的は、非晶質から準結晶が形成、安定していくというプロセスを解明し、それにより前述のように現在の結晶学では安定して存在することを許さない準結晶の構造、物性を明らかにしていくことである。

第3章 【実験方法】

  Al−Mn合金は比較的容易に組成を変えただけでアモルファス近似結晶になり、また準結晶の物性や構造研究に実績がある。しかも、単相度が高くて結晶粒が大きく、また粒内欠陥が少ない良質な準結晶を作成できる。これらの理由からAlーMn合金を試料として選定し、Al-5at.%Mn、Al-15at.%Mn、Al-25at.%Mn、Al-35at.%Mn、Al-45at.%Mnの5つの試料を作成した。準結晶相は図6でAl−Mn相図でMn10〜22.5%の領域で存在すると報告されているが、非晶質から結晶に至る過程を比較・評価していくために、前述の報告された準結晶領域外での試料作成も行った。アルミニウム、マンガンはフルウチ化学(株)による純度99.99%のものを使用した。 アルゴンガス雰囲気中でアーク炉によってアルミニウムとマンガンを混合し、その合金を非晶質金属製作炉で単ロール法による液体急冷によってリボン状の試料を得た。それにより得られた試料をX線回折法(TARGET:Cu λ=1.542Å)により原子構造評価を行い、動径分布関数を求めた。またDSC(示差走査熱量計)を利用して比熱の温度変化による安定化温度を評価し、EPMA(電子線マイクロアナライザー)により組成分析を行った。

第4章 【実験装置】

 (真空アーク溶解炉)
 
本装置は高真空に排気後、不活性であるアルゴンでガス置換を行い、アーク溶解を行うものである。本研究においては日新技研株式会社によるNEVーACDO5型を使用した。構成としては溶解室、排気装置(10−6Torr)、直流アーク電源(定格電流300A)水冷銅ハース、制御盤から成る。また真空計としては日電アネルバ株式会社のMIGー821電離真空計を使用した。

 (非晶質金属制作炉)
 
制作炉はNEV−A1(日新技研株式会社)を使用した。単ロール法 による液体急冷により非晶質を作成する。単ロール法とは高周波炉内で管(今回は石英管)に入っている合金を溶解し、その溶解金 属をガス圧で管下端のノズルから噴出させる。ノズルの下で回転している冷却用 回転体(ノズルと回転体の距離がギャップ)表面上に溶解された合金が接触し凝 固され、薄型サンプルを連続的に作成することができるアモルファス作成法である。高周波電源用としてトランジスタ式インバータNET−05型(日新技研株式会社)を使用した。これは順変換部、逆変換部、及び整合部より構成され、高周波誘導加熱を行うために必要な高周波電力を発生させるものである。出力調整範囲は0.1〜5kW、変換周波数200KHz±20KHzである。交流電源電圧を直流電圧に変換する部分で整流機能と同時に出力の調整機能をもっている順変換部では、サイリスタを位相制御することにより広い範囲に渡り出力の調整が可能である。

 (X線解析)
 

 理学電機(株)のRint2500を使用した。出力は50kV、200mAである。組立式x線管球方式で、真空ポンプで管球内を常に排気しながらx線を発生させる。回転陽極x線管球はドラム状の陽極を高速回転しながら使用するものであり封入型管球に比べて高い出力が得られ、また弱い回折図形を短時間に記録するのに適している。

 (DSC)
 
示差走査熱量計のことである。TA インスツルメントジャパン株式会社の DSC2910を使用した。温度と時間をファンクションとして、材料の転 移に関係するヒートフローと温度を測 定し、物理的転移プロセスでの吸熱反応と発熱反応に関する、定量的かつ定 性的なデータを確定する装置である。DSC2910はシステムエレクトロニクスを装備し、測定結果を蓄える2910モジュールと、示差熱流と温度をモニターするサーモカップル(温度センサ−)を備えた、3つのタイプのセル(スタンダードDSCセル、圧力DSCセル、1600℃DTAセル)を交換して測定する。本実験では示差熱流の測定を行うスタンダードDSCセルを使用した。スタンダードDSCセルの諸元は、温度範囲が室温から725℃、熱量測定感度3μW(rms)、熱量測定精度1%(金属サンプル)、ベースラインノイズ1.5μW(rms)である。冷却として液体窒素を使用している。

 (EPMA)
 
ELECTRON PROBE MICRO ANALYZERとも呼ばれ、電子線を細く絞り試料表 面に当て、発生する多様な情報(信号)から試料表面を観察し、またその表面を構成する元素やその状態を、その表面数μmの領域で分析することが出来る装置である。本研究においては島津製作所によるEPMA−C1MODEL40を使用した。  

第5章 [測定結果、考察】

(アーク溶解による合金化) 真空アーク溶解炉でのアルミニウム、マンガンの混合における結果を以下の表に示す。水冷ハース圧力:0.9〜1.0kg/cm, アーク内圧:21cmHg

マンガンの原子量はアルミニウムより大きいので、アーク溶解の際、アルミニウムの上にマンガンを積み重ねて合金化すると良い。これはマンガンが下で溶解中のアルミニウムの中に落ちてきて合金内が均一化されやすくなるからである。アーク溶解の回数は4〜5回、1回につき1分30秒が丁度良い。回数、時間をを増やすと、それだけ合金されるアルミニウム、マンガンが飛び散り、試料を多く得られないからである。また、アーク電流は序々に上げていかなければならない。いきなり高電流を物質にぶつけると、急激な温度差で飛び散る危険がある。溶解後の減少量が小さいこと、また重量の大きいこと、あるいは要求された混合割合に近いことを考慮に入れて、以下の試料番号のものを試料として選定した。 Al-5at.%Mn:1番 Al-15at.%Mn:3番 Al-25at.%Mn:4番 Al-35at.%Mn:6番 Al-45at.%Mn:9番

(非晶質製作結果) AlーMn合金を非晶質溶解炉によって急冷してリボン状のサンプルを得た。製作条件は以下の通りである。

    ノズル材質:石英ガラス  噴射穴直径(mm):0.6  ギャップ(mm):0.2 チャンバ内圧(mmHg):-50 、 回転数(rms):3000

石英ガラス管に入れるために試料を適当な大きさに砕いた。石英管にその砕かれた試料合金を入れる際、注意しなければならないことは大きな試料片を必ず下に位置するように置かなければならないことだ。大きな試料片を小さな試料片の上に置くと、高周波電流で小さな試料片は早く溶解してしまい、上に位置しているまだ溶けきっていない大きな試料片が石英管の直径一杯に落ちてくる。試料片は高周波電流によって振動しているため、一杯に入ったその試料片は石英管を破壊してしまうのである。実際に大きな試料片を上に置いたためにNo1・4・5の石英管が割れてしまった。マンガンの粘性は大きいために、マンガン含有量が大きくなると、急冷されたリボン状のサンプルはかなり短くなり、また得られるサンプル量も減少する。No7は高周波電流で加熱する時間が短く、溶けきらないままで急冷したので噴射穴から試料が出てこなかった。得られたサンプルの特性として、マンガン含有量が大きくなるとそれだけ脆くなる。35at.%Mn,45at.%Mnのサンプルは特に脆く、ピンセットで掴むことも相当困難であった。

(X線回折) 測定条件を以下に示す。 TARGET:Cu 出力:50(kv)、200(mA)Step:0.05 Speed:1.5(5at.%Mnィ15at.%Mn、25at.%Mn、35at.%Mnのサンプル1・2、4  5at.%Mnのサンプル1、バックグランド) 3(45at.%Mnのサンプル2)

☆動径分布関数  測定した散乱強度Iobs(θ)には以下の補正項が含まれている。

obs(θ)=N{Ico(θ)+Iinco (θ)}P(θ)・L(θ)+B(θ)    …(1)

ここで、Ico(θ)は干渉性散乱の強度、Iinco (θ)は非干渉性散乱の強度、Nは規格化定数、P(θ)は偏光因子、L(θ)はローレンツ因子、B(θ)はバックグラウンドで、空気による散乱や自然計数を含んでいる。    (1)よりIco (θ)が求まる。ここでs=4πsinθ/λとすると         

fは原子散乱因子で今回は熱振動による温度因子の補正はしていない。(2)よりI(s)が求まる。これより以下の式で表せる動径分布関数4πr ρ(r)が求まる。試料ホルダーは、アルミニウム材質を選択した。セロテープでアムミニウムホルダーにサンプルを取り付けた。空気散乱等によるバックグランド測定はアルミニウムサンプルホルダーのみで行っている。 干渉性散乱をもとに割り出した動径分布関数のグラフを、それぞれの試料毎に示す。またバックグランドのグラフを示す。 Al-5at.%Mnでのx線解析パターンでは、ピーク幅の狭いブラック反射とピーク幅の広いアモルファスからの散乱が認められる。そこでアモルファスの動径分布関数を求めるために、まず(1)〜(3)式の補正をした後、ブラック反射を取り除いてIco(θ)を計算した。Al-5at.%Mnの図8(a)・図9(a)ともに同じ回折パターンをしていることから結晶構造はサンプル依存性が無いと推測できるが、特徴的なのは、アモルファスの干渉性散乱にサンプル依存性があることである。これはアモルファスの状態がそれぞれ異なることを示すものであり、非晶質作成の段階で急冷温度の違いから生じたのではないかと考えられる。 Al-15at.%Mnのx線回折パターン図10(a)・図11(a)は、Al-5at.%Mnと同様に結晶とアモルファスが共存しているのを示しているが、Al-15at.%Mnの2つのサンプルの回折パターン図10(a)と図11(a)が大きく異なっている。これはサンプル依存性を表すものである。同じサンプルでも場所により結晶構造が違っていると考えられる。確かにAl−Mnの相図をみるとマンガン15%付近の領域では複雑になっており、サンプル作成条件により金属間化合物Al6Mnを初めとして多くの異なった構造が存在し易いことを示している。アモルファスパターンは場所によって濃度が異なるがほぼ同じと考えてよいだろう。 Al-25at.%Mnのx線回折パターン図12(a)・図13(a)はサンプル依存性はないが、アモルファスのブロードなピークに比べてブラック反射は小さい。これは結晶構造を成している体積が少なくなっており、かわりにアモルファスの体積が多くなっていると考えられる。15〜25at.%Mnの領域においてAl−Mn合金の準結晶構造が現れると報告されていることを考慮すると、このサンプルにおいて準結晶、あるいはそれに近いアモルファスを成している可能性は大きいと推測することができる。動径分布関数をみてもこの推測を裏付ける結果がでている。5at.%Mn、15at.%Mn、25at.%Mnの順に比較していくと、段々と曲線がブロードになってきている。これは原子配列が結晶の規則性を失いつつある傾向 を表しており、準結晶の状態、あるいはアモルファスが支配的になっている方向を示すものである。ただし図14(c)図・15(c)のAl-35at.%Mn、図16(c)・図17(c)のAl-45at.%Mnとみていくと、動径分布関数は段々とブロードな曲線に変化している。これはマンガン含有量が大きくなると、原子配列がそれだけアモルファスにより近づいていることを示している。 マンガン含有量が大きくなると、それだけアモルファスの占める体積が大きくなることを5種類のサンプルでのx線回折パターンは示している。

(DSC解析) 測定条件 温度範囲:0〜500℃ プログラム速度:20(℃/min)  DSC解析よりアモルファスの安定性を評価することができる。図19Al-15at-%Mnの単調な右上がりのデータからはその安定性を推測することはできない。また図21が示す35at.%Mnの曲線はブロードなピークが2つ現れているので、これからも安定性を評価することはできない。いえることはどちらもアモルファス−結晶(近似結晶)相転移のピークパターンであるということである。図20が示す25at.%Mnのブロードなピーク部分がアモルファス−近似結晶転移を表していると考えると、結晶化温度はピーク時の温度、つまり375℃となる。一方、図18の5at.%Mnは同様にアモルファス−近似結晶転移を起こしていると推測され、その結晶化温度は425℃となる。転移過程で2つのサンプルから放出された熱量の相対的な量はピーク曲線を2辺とするグラフの囲まれた三角形の面積とすることができる。このようにして面積計算すると5at.%Mnは23.40(K・W/g)、25at.%Mnは2.24(K・W/g)となり、この結果から5at.%Mnサンプルのアモルファスが25at.%Mnのより安定していることが推測できる。結晶化温度が5at.%Mnの方が高いことも5at.%Mnのアモルファスの方が安定していることを示している。ただし、以上の考察は25at.%Mnのブロードなピークを結晶化温度とした考察である。Al-25at.%Mnの曲線は320〜430℃でのブロードなピークと480℃でのシャープなピークの2種類の温度上昇を示している。これはアモルファス−結晶転移の発熱過程と結晶(近似結晶)ー結晶の相転移の発熱過程両方を表しており、実際どちらの発熱過程が起きているかは決定できない。今回のDSC解析では、DSC解析にしては数桁少ないという非常に小さいピーク時の発熱量が記録されたことを考慮に入れると、実際はノイズを測定していた可能性が大きいと推測される。そうなると500℃の範囲内では、Al−Mn合金は結晶化せず、アモルファスとして安定していることになる。

(EPMA観察)  測定条件 EPMAで組成分析を行った。図23〜図26に結果を示す。また25at.%Mnの表面状態を写真4に示す。10μmのオーダーでは何も認められなかった結果から、もし何らかの結晶が析出しているならば、その大きさは10μm以下であり、EPMAでは観察不可能であるといえる。図26線分析の結果において急激な低下がみられた部分は、サンプル表面の傷による穴であった。

第6章 【結論】

 Al-15at.%Mnは非晶質サンプル作成段階での冷却速度によってアモルファスのサンプル依存性がある。Al−Mn合金においてマンガン含有量を大きくするだけ、体積に占めるアモルファスの割合は大きくなり、原子配列秩序は失われていく。また500℃までに顕著な結晶化過程は現れず、アモルファスとして安定している。

第7章 【検討】

 資料作成においては単相の良質なアモルファスを得るために急激な冷却を行わなければならない。そうするには電流・回転数を上げ、ギャップを小さくすればよい。x線解析データの指数付けを行い、ピーク部分がどのような原子構造になっているか判別する必要がある。また今回はマンガン含有量を5〜45at.%Mnの場合に限って評価をしたが、より大きいマンガン含有量のサンプル評価も行わなければならない。マンガン含有量が大きくなるだけ非晶質サンプルが脆くなるためにサンプル作成の段階で相当の困難を伴うが、マンガン含有量15〜25at.%Mnにおいて準結晶性が現れる報告に反した研究結果の謎解きにつながる。本研究では、マンガン含有量が大きいほど動径分布関数が準結晶性を示した結果が出ている。DSC測定ではアモルファスの安定性を決定することはできなかった。結晶化温度が500℃以上である可能性もあるため、より高温な範囲でDSC評価をする必要がある。また25at.%MnのDSC結果は、アモルファス−結晶相転移と結晶(近似結晶)−結晶相転移を示すブロードピーク、シャープピーク両方がでている。高温X線解析を行い、このサンプルの原子配列を評価することで相転移が共存する要因を調べることも行わなければならない。今回のDSC解析は十分な情報を得られるだけの結果が出なかったが、アモルファスの安定性を評価することは、アモルファスの結晶化過程を研究する上で何らかの手掛かりになると考えられる。再度評価する必要がある。またAl−Mnの系以外で準結晶が報告されているのは、AlとCr、Fe、Pd、Pt、Ru、Vなどのアルミニウム2元合金である。これらの固溶原子はいずれもAlより原子半径が10〜20%小さいことから、原子半径比が準結晶形成に1つの重要な因子になっていると考えられる。アモルファスからの結晶化過程を、この観点から研究することも1つの方法となるだろう。

【参考文献】

(1)D.Shechtman,I.Blech,D.Cahn:Phys.Rev.Lett.53(1984)1951.

(2) D.Levine and P.J.Steinhardt:Phys.Rev.Lett.53(1884)2477.

(3)日本金属学会会報 第29巻 第10号(1990)  「特集・準結晶研究の発展」序  竹内 伸  著

(4)第89回軽金属学会秋期大会概要,(1995),201.

(5)〜(7)パリテイ Vol.08 No.10 1993−10 準結晶の不思議な物性木村 薫 著

(8)パリテイ Vol.08 No.10 1993−10


金属ナトリウムの液体−固体相転移

峯 章恭

1.序論

 1995年12月8日、動力炉・核燃料開発事業団の高速増殖原型炉もんじゅにおいて、使用前検査の一環として、プラトン・トリップ試験を行うため、原子炉出力の上昇操作を実施いていたところ、ナトリウム漏えい事故が発生した。この事故原因は、Cループ2次主冷却系中間熱交換器出口付近に設置された温度計のさやの細管部が折れ、その部分を通じて2次系のナトリウムが漏えいした可能性が高いと言われており、破損原因として最も可能性が高いのは流力振動による疲労(温度計細管部の固有振動と流れによる振動の同期現象による疲労)、熱応力の繰り返しによる疲労(原子炉の出力変化に伴う冷却材温度の変化等により生じる熱応力の繰り返しによる疲労)とされている。 しかし、我々は前述のような問題だけで事故が起こったのではなく、ナトリウム自体が単純な液体金属ではないことが原因だと考えた。そこで、本研究の目的は、ずりインピーダンスの温度及び周波数測定により、融点近傍の金属ナトリウムの剛性率を調べることによって、本当に金属ナトリウムが原子炉の冷却剤として適当であるかどうか再検討することにある。

 ナトリウムは、銀白色の柔らかい金属で化合物として広くかつ多重に地上に分布し、特に海水中には塩化物として溶存する。空気中では常温でも酸化物となり、融点以上に熱すれば燃えて黄色の炎をあげるので、保存にはふつう石油中におく。ハロゲン,酸素,硫黄などと激しく作用し水素とも化合する。水とは激しく反応して水素を発生し水酸化ナトリウムとなる。金属ナトリウムの用途としては、主に四塩化鉛の製造、Ti,Zrなどの金属の製造などのほか、原子炉の冷却剤として用いられている。金属ナトリウムの物理的諸元については以下に示す。

      

立方晶系  体心立方格子     

格子定数(20℃)          a=4.2820Å

融点               97.90±0.05℃

沸点                    877.5℃

硬さ                       0.4

比重(20℃)                0.971

  (98℃)                 0.93     

熱伝導度(18℃)   0.315cal/p・s・deg    

☆密度(20℃)            0.968g/p3     

線膨張率(0〜90℃)     2.26×10−4/deg     

比熱(20℃)       0.288cal/deg・g     

融解熱                27.5cal/g     

気化熱                1100cal/g     

比抵抗(18℃)          4.6×10−6Ω・p     (注: ☆は計算で利用)

2.実験方法

 2−1 試料    金属ナトリウム(レアメタリック株式会社 99.9%)

 2−2 測定装置の規格及び性能     

測定器  R.F.PLUG−IN                     MODEL755 (MATEC)

     PULSE MODULATAR & RECEIVER      MODEL7700 (MATEC)

     DIGITAL STORAGE OSCILLOSCOPE    VC−6065 (日立)

     恒温槽  (ZOJIRUSHI) SENSITIVE RELAY SR−51 (YAMATO) 

2−3 測定原理

液体は一般に十分に高い周波数での応力が作用するとき剛性を示す。もしこ の現象が単一に緩和過程に基づくとき、剛性率(G =G′+G″)の実部と 虚部は次のように表される。こでG は高周波における極限剛性率、ωは角周波数、τsはずりの緩和時間である。ずり粘性率η はこれらの項を用いて次の式で表される。ずりインピーダンスの実部の2乗を密度で割った値ρVs′2はG′,G″と次の式のような関係にある。また、水晶のずりインピーダンスをZqとし、セルの水晶の部分が空気中と試料に接触しているときとの1エコー当たりの吸収の差をデシベルで表したものをDω(T)とすると、Zq及びDω(T)は次の式で表される。Mason及びLitovititzによればρVs′2は、(5)及び(6)式を用いて次の式で表される。この(7)式で求められた値が試料の剛性率を示す。2−4 測定方法 超音波によるずりインピーダンスの測定を、図1に示すような測定装置を用いて反射法によって行った。 金属ナトリウムは、空気中では非常に反応しやすいため、ナトリウムと反応しにくいポリカーボネイトの試料台を作成し、その上にナトリウムを固定して、流動パラフィンの中で実験を行った。また、温度の安定性を良くするために、シリコーンを入れた恒温槽を用い、測定中、シリコーンをよく攪拌した(図2)。なお、ずりインピーダンス測定用セル(図3)はLitovititzの考案によるものを用い、水晶は50エコー以上でるカットの水晶を用いた。 測定は、周波数を固定し、温度を変化させてOscilloscope上に現れるエコーの高さを読み、測定原理に基づいてρVs′2を求めた。ここで、周波数は5、10及び16MHzを用い、温度は室温から130℃の間の領域で、5及び10MHzでは10℃毎の上昇及び自然冷却を行い、Timeは0.1ms及び50μsの2種類を用いた。16MHzにおいては5℃毎の上昇のみ行い、Timeは0.1msのみ用いた。温度の安定性は±0.5℃であった。また、式(7)のρの値は温度に対してρ=0.968(g/p)(一定)とした。
 
 

3.実験結果

 Timeを0.1msとしたときのピーク数は83個、50μsとしたときのピーク数は41個であった。Timeを2種類用いた理由は、ピーク番号の大きい方は吸収が大きいため、0.1msだけでは番号の大きいピークが現れない可能性があるためである。しかし、解析結果、各温度、各周波数において番号の大きいピークもピークと見なすことができた。 各温度,各周波数におけるエコーに対してプロットされた吸収の差を図5に示す。10MHzはピーク数が83個及び41個ともピーク番号の小さい方でばらつきはあったが、比較的直線に乗った。しかし、5MHz及び16MHzは、ピーク数が83個及び41個ともばらつきがひどく直線に乗らないものが多かった。 ピーク数が83個において、各周波数におけるρVs′2の温度依存性を示したのが図7−2,図8−2,図8−4,図9−2,図9−4である。5MHzと10MHzにおいて、温度を上昇したときと自然冷却したときとではρVs′2の温度依存性が違う振る舞いをした。また、5MHzの場合は、温度を上昇したときのρVs′2の値のピークの位置が、自然冷却したときのその位置よりも高い温度であるのに対して、10MHzの場合は逆になっていることがわかる。 自然冷却したときのρVs′2の温度依存性について各周波数比較すると、16MHzの場合は、温度が減少するにつれてρVs′2の値が大きくなっているのに対し、10MHzの場合は、60℃までは温度が減少するにつれてρVs′2の値が大きくなっているが、それより低い温度ではρVs′2の値は小さくなっている。さらに、5MHzの場合は、100℃付近をピークにして10MHzの場合と逆な振る舞いを示した。 ピーク数が41個において、5MHz及び10MHzにおけるρVs′2の温度依存性を示したのが図8−6,図8−8,図9−6,図9−8である。ピーク数が83個のときと比較すると少し違う結果となった。 Dω(T)の温度依存性にエラーバーを付けて表したのが図7−1,図8−1,図8−3,図8−5,図8−7,図9−1,図9−3,図9−5,図9−7である。10MHzの場合はほとんどエラーバーがないが、5MHz及び16MHzの場合はエラーバーが大きいことがわかる。そのため5MHzおいて、温度を上昇したときと自然冷却したときとのρVs′2の温度依存性の振る舞いの違いに、ヒステリシスがはっきりあるかどうかはわからない。

4.解析と考察

 10MHzにおいてDω(T)の値が比較的直線に乗ったことにより信頼性が高いと言える。Dω(T)の値のピーク番号の小さいところでのばらつきは、統計誤差が大きいためである。また、ピーク数が83個及び41個とも直線に乗っていたが、ピーク数が83個の方が当然信頼性が高い。 5MHz及び16MHzは、ピーク数が83個及び41個ともばらつきがひどく直線に乗らないものが多かったため、信頼性が高いとは言えない。この原因として、水晶の表面に不純物がついてしまった,試料のナトリウム自体に不純物が入ってしまった,空気の測定方法が悪かった,などの測定方法が悪かっための誤差であると考えられる。 以上のことから、5MHz及び16MHzのρVs′2 の温度依存性は信頼性が低いため、定量的な議論はできない。しかし、定性的にピーク数が83個における各周波数の冷却過程のρVs′2 の温度依存性を比較すると、系統的に変化していると考える。 剛性率の周波数依存性の実験結果を説明するモデルを考えてみる。

 T<Tm     T≒Tm    T>Tm    図10.ナトリウムの状態を想定した模式図図10は、5及び16MHzが測定したナトリウムの状態を想定した模式図です。 下の段は周波数16MHzが測定している領域である。16MHzでは原子の状態を測定したもので、融点よりも高い温度領域では、液体であるため原子が動き回り、融点付近では、原子が規則正しく並びだしている。また、それ以下の領域では、原子が規則正しく配列している。その結果、温度が減少するにつれて剛性率の値が大きくなっていると考える。 また、上の段は周波数5MHzが測定している領域である。16MHzよりももっと大きいところを測定しており、融点よりも高い温度領域では、動的な密度ゆらぎが存在するため、濃度の高い部分ができ、普通の液体よりも剛性率が高くなっている。それが融点に近づくにつれて、その密度ゆらぎの時間変化が少なくなるのと、1個1個の原子が止まろうとするため、剛性率が上がっていると考える。また、融点以下の領域では、結晶のモザイクが少しずつずれています。温度を下げていくと、それぞれのモザイクの界面がはっきりしてきて横波が吸収されにくくなるために剛性率が低くなっていると考える。また、10MHzはこれら2つの周波数のちょうど中間を示していると考える。

5.結論

 金属ナトリウムは単純な液体金属だと考えられていたが、温度変化及び周波数によって剛性率に異常な振る舞いを示すことがわかった。そのため、原子炉の冷却剤として使用するには更なる研究を要する。

6.今後の課題

 まず、16MHzにおいて温度を上昇させたときの測定を行い、全体的に温度範囲を広げもう少し広い温度領域での依存性を調べる。また、いろいろ工夫することによって、エラーバーを少なくし直線にしっかり乗るようにして、定量的測定ができるよう努力したい。

7.参考文献  岩波 理化学辞典 第3版   玉虫 文一 他著 岩波書店 平成7年度版 原子力安全白書          原子力安全委員会


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Last Modified: April 1, 2009