第26回メソ気象研究会 講演要旨 (終了しました)

「21世紀の境界層研究の役割と課題−その変遷のなかで−」


「これまでの境界層研究−私の研究を中心にして、そして温暖化問題−」

近藤純正(東北大学名誉教授)

 今から100年ほど前に、すでに気象学の基礎ができており、境界層研究は1915年のG.I.Taylor による大西洋上の高度1000mまでの温度拡散係数の算定にはじまると考えてよいだろう。

 太平洋戦争の戦後復興にともない水資源・電力不足となり、人工降雨・雲物理学研究と湖面蒸発の研究が始まる。原子力発電が開始、経済高度成長にともない大気汚染が深刻化し、大気拡散の研究が盛んになる。

 社会が安定してきた時代、1959年の伊勢湾台風による高潮災害、1960年代の冬期東シナ海低気圧の発達による首都圏の交通麻痺や海難事件、1980年代の大冷害などにより、数値予報の精度向上や局地気象予測の目的から、大気−地表面相互作用が重要課題となる。海面過程や、裸地、植生地、積雪地、複雑地形のパラメータ化の研究を行なう。

 1990年ころから気候変動と環境が問題化し、二酸化炭素など大気濃度のモニタリングと温暖化、気候予測が重要課題となる。二酸化炭素増加にともなう地球温暖化量の実態把握のために、今後、観測体制を整備し、いろんな立場から検討していかねばならない。

 今回は上記の概要と、次の3つを紹介する。

 (1) 大気安定度を考慮したバルク法は十和田湖の蒸発量を求める目的で開発したものだが、1974・75年の国際協力研究 「気団変質の実験研究 AMTEX 」では高精度のバルク法が必要となった。その目的のために数々の基礎研究(観測塔など構造物周りの風速場、風浪上の遷移層の否定、波の高周波成分、水中の流速分布の研究など)を行いバルク法が完成し、東シナ海の日々の広域海面熱収支分布を知ることができた。
 さらに、AMTEX 研究終了後も、多くの追加研究(海面バルク係数の直接観測との比較、特に安定なときの乱流・静流、微風時の自然対流、カルマン定数の詳細観測など)から、このバルク法は十分な精度をもつことを確認し、他の海域や湖面へ利用できることがわかった。

 (2) 1986年ころ、降水量も蒸発量も少ない中国乾燥砂漠地域における水収支についての日中共同観測研究を計画し参加しないかという打診があったが、当時は乾燥地の裸地面における水収支量の計測方法が確立していなかった。それゆえ、共同観測には当分参加せず、裸地面蒸発量の観測方法の開発を行うことにした。
 そのころ仙台市で市民活動として環境問題を考えるシンボルとして大砂時計を造ることになった。その途中、「24時間砂時計」で実験していて、砂時計の中に「砂漠の水循環」が見えたのである。

 (3) 地球温暖化の気候学的な気温上昇量は、これまで言われているほど大きくないことが田舎観測所データの掘り起こし作業と現地調査からわかってきた。近年、気象観測所の周辺環境は悪化し、都市化や陽だまり効果の影響を受けて、広域における自然状態を知ることが困難になってきている。適切な観測所の周辺環境はどうあるべきかを研究し、望ましい観測所の指定と、今後の気候変動をモニターしていくことが重要な課題である。

 講演では部分的にしか話せないので、詳しい内容は 「近藤純正ホームページ」の「研究指針」の 「K15. 境界層研究の変遷と将来」、および「身近な気象」の 「M16. 海面バルク法物語」「M17. 砂時計に見る地球環境」を参照してください。これらの内容は5月の講演日までにほぼ完成の予定です。

戻る

「都市境界層−都市気候の予測と解析に向けたモデリング−」

日下博幸(筑波大学生命環境科学研究科)

 都市気象のモデリングについて、1960/70年代の熱収支モデル・二次元ヒートアイランド循環モデルから1980/90年代の三次元メソモデル、2000年代の都市キャノピーモデル・非静力モデルに至る歴史を簡単に紹介しながら、レビューを行います。

 さらには、現在の都市気象モデリングの問題点と今後の展望について、私見を述べる予定です。

戻る

「建物周りの境界層−気象モデルと流体力学モデルの結合−」

山田哲司(米国YSA社)

 近年問題になっている都市ヒートアイランド、米国9.11で見られた都市での拡散問題の理解には建物周りの気流の解析が可能なCFD(流体力学)モデルと局地風のシミュレーションが可能な気象モデルの機能の結合が望まれる。

 CFDモデルの手法を用いて建物回りの圧力と気流の調整を行えるようにメソスケールモデルを改良した。外壁での熱エネルギー収支、室内温度を境界条件として壁面に直角方向の一次元熱拡散方程式を解いて壁内の温度分布を求めた。

 一辺が30mの立方体の建物2個を直列に並べた理想的なシミュレーションで壁面・屋上の気温の日変化が気流・拡散に与える影響を調べた。建物周りの気流・拡散は大きく日変化し風洞実験からよく知られている気流パターンと大きく異なった。

 神戸港、六甲山を含む計算領域内の海陸風、山谷風を再現した。ネスティングで一番内部の領域に複数の建物を設置した。局地風の影響を考慮した建物周りの気流・拡散を可視化したアニメーションを作成した。

戻る

「大気境界層−雲・降水過程における重要性−」

木村富士男(筑波大学生命環境科学研究科)

 今後の境界層研究の方向性の一つとして,メソ気象と境界層の境界領域をとりあげる.なかでも雲と降水に関わる諸過程において境界層の重要性を再確認したい.近年TRMMなどのリモートセンシングの発展によって,熱帯の島々の降水には降水の日変化が極めて顕著であり,しかも海陸分布や山岳と密接な関係があることが,一目で読みとれるようになってきた.一方で,計算機の発達によって気象や気候の数値モデルの(精度はともかく)解像度は日々向上しているため,WCRPなどでも今後の研究方向として,降水の日変化の研究があげられている.

 陸上や沿岸海上の降水の日変化をもたらしているのは,単なる切っ掛けか,主要エネルギー源かは別として,陸面の境界層過程にあるのは疑いない.少なくとも地表面の熱フラックスによる大気の不安定化と局地循環による水蒸気輸送はとくに重要と考えられる.

 ところで,局地循環と混合層中のサーマルは前者は水平対流,後者は自由対流と見ることができ,水蒸気輸送に対する寄与も異なる.しかし局地循環は水平規模が小さくなると,自由対流との区別がつきにくくなり,一方,非一様地表面上のサーマルも純粋な自由対流とは言いにくい.このような境界層・メソ気象の境界領域における水蒸気の輸送過程とメソスケールの雲・降水の発生メカニズムの関係について水平スケールごとに考察する.

戻る

「これからの境界層研究−社会的要請に基づく研究の総合化(本格研究)−」

近藤裕昭(産業技術総合研究所)

 演者が現在までに関わってきている環境関連の諸問題、たとえば、炭素循環、光化学大気汚染、都市温暖化対策、風力発電の立地評価などでは大気境界層の研究成果を使用した数値モデルがよく使用されている。また、大気境界層は大気の中でいちばん人間の生活圏に近いところであり、人々の関心も高い。

 このような社会的な関心や要請の高まりにもかかわらず、これらの数値モデルの精度は要求されているレベルに比べて極めて低いと言わざるを得ない。ここではこのような社会的要請に基づく目標を実現するためにどのようなことをしていくべきかについての私見を述べる。

戻る