卒業生からのメッセージ

「求めよ、さらば与えられん。」

 
 福本正樹 2等陸佐  第21期卒業 (戦略科学コース)

まもなく終わろうとする平成の最初の年、私は少年工科学校に入校し、陸上自衛官としての人生をスタートさせた。戦車陸曹を皮切りに、戦車小隊長や連隊本部運幹、職種学校での教官勤務の全てを通じ、私は教育訓練に心血を注ぎ打ち込んできた。すべては戦車を自在に操り、火力と機動力を存分に発揮して敵を圧倒撃滅し、任務を完遂するためだ。しかしこの間自衛隊、特に私の所属する戦車部隊を取り巻く環境は劇的に変化を遂げた。冷戦の終結に伴い、国土防衛作戦の主軸であった大規模着上陸進攻対処は、対ゲリラ・コマンドウ作戦を主体とするものへシフトし、イラク派遣やPKOといった国際貢献任務が脚光を浴び、国民が自衛隊に最も期待する活動は災害派遣となった。なぜこうなったのか。削減される戦車部隊で職務に精励するうち、こうした疑問が頭から離れなくなっていた。

「我々はどこから来たのか。我々は何者か。我々はどこへ行くのか。」指揮幕僚課程に進み、安全保障や戦略、戦史に関する実践的な教育を受けつつも、私はゴーギャンのこの言葉を反芻した。自衛隊での教育は全て実務に直結するものであり、「どうすればよいか」に対する答えはあっても、「何故か」という根源的な問いに答えるものは少ない。現在の状況に適切に対応することが、果たして将来的にも正しいといえるのだろうか。指揮幕僚課程修了後、師団防衛班長や戦車中隊長として勤務する間もこの疑問が解消されることはなかった。この問いに答えるには、安全保障に関する各種事象に幅広い視野でアプローチし、体系的に俯瞰し、科学的に分析して理論づける行為、即ち学問としての観点が必要だ。こうした思いが募り、私は入校資格上限の年齢ではあったが安保研の門を叩くこととなった。

安保研の教育は大きく「コースワーク」と「修士論文執筆」に区分される。安保研の「コースワーク」とは、社会科学的な視点に立って物事を分析する訓練に他ならず、その結果として修士論文執筆に必要な知識と、卒業に必要な単位取得が付随してくる。受講学生数の平均が3〜4名という「師近距離」で行われるゼミ形式のコースワークは濃密で、常に緊張感が漂う。受け身や妥協といった言葉とは無縁の世界だ。

コースワークの進捗に伴い、いよいよ自ら選定した研究テーマに基づき修士論文の執筆に入る。論文の成否は研究テーマの絞り込みの適否にかかっていると言っても過言ではない。安保研では、「総合研究」(通称「PJ」)と呼ばれる科目で、1年を通じ10名前後の教官が1名の学生の研究テーマを徹底的に叩き、論文執筆の進捗に万全を期す。異なる専攻の複数の教官があらゆる視点から学生の報告の矛盾点や分析の甘さを鋭く指摘する。この厳しさに耐え、食らいついていこうという意欲が良い論文に結実するだけでなく、実践的な問題解決能力の修得へと結びつくのだ。

安保研での研究生活は、コースワークと論文執筆ばかりではない。多彩な顔ぶれの同期との交流や、国内外での研修など多くの機会がある。

我々21期学生は、陸海空の幹部自衛官はもとより、海上保安庁及び衆議院事務局からの依託学生や民間から受験した「特別研究員」から構成され、年齢も上は45歳(私のことだ。)から下は26歳までと幅広い。防衛省・自衛隊の課程教育において、これほどまでに年齢や背景が異なる人間が集まるものは安保研をおいて他にはないだろう。年代や所属する組織などで価値観が全く異なる同期生と議論を交わすことは、嫌がうえにも自らの視野を広げ、物事を多面的に見る重要性を認識させられる。

研鑽の場は研究室に止まらない。防衛大学校は各国軍士官学校や研究機関と活発な交流を行っており、外国の軍人や研究者が多数来訪するだけでなく、こちらからも国外研修に出向く。我々は韓国国防大学院に赴き、同じ立場で修士課程に学ぶ韓国軍人たちと、折しも緊迫する北朝鮮情勢と東アジアの安全保障環境に関し活発な意見交換を行った。そういった点で安保研は、アカデミックな環境の下で外国の研究者や軍人と直接安全保障に関する議論を行う機会と、多くの得難い貴重な知識や経験を学生にもたらしてくれる。

また各学生は、自らの研究テーマに基づき、全国各地の専門図書館に足を運んで論文執筆に必要な資料を収集する。学生の中には中国やインドネシアなどの国外に出向いてインタビューや意見交換を行い、貴重な資料を収集した者もいる。更に部外の学会活動で研究成果を発表し、あるいは学術雑誌への投稿を通じ、研究者として大きく一歩を踏み出す機会を得ることで、学者軍人(ソルジャー・スカラー)としての使命をも自覚させられる。

このように、部隊とは全く異なる環境に身を置き、知的探究心を存分に満足させつつ、自分という存在に新たな価値を創造できるのも安保研の魅力といえるだろう。

だが、こうした素晴らしい環境は、部隊での勤務を通じた問題意識に基づき、自ら安保研で何を学ぶのかを明確に意識することで初めて価値あるものとなる。

自衛隊の課程教育は、任務遂行に必要な知識を修得させることを目的とする「受け身」の性格を有する。これに対し安保研での研究は、自らの問題意識に基づく研究テーマに対して、多くの人が納得し得る論理をもって説明できる答えを提示することを目的に、専ら能動的に行うものである。研究や論文執筆とは、本来孤独に耐え、暗中模索しつつ自ら道を切り拓くものであり、そういった意味で安保研での生活は知的格闘の連続といってよく、決して安逸に過ごせるものではない。しかし職務への真剣な取り組みを通じて生まれた問題認識に論理的な説明を見出し、防衛省・自衛隊の進むべき道に一筋の光をもたらしたいと志す者にとり、安保研は最高の道場となるだろう。

「求めよ、さらば与えられん。」 志ある者が後に続くことを祈る。

 




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