卒業生からのメッセージ

「何故学ぶのか」

 
 宇垣承明 3等陸佐  第22期卒業 (戦略科学コース)

防衛大学校総合安全保障研究科への入校を検討している方々が最も関心があるであろう問い、「何故学ぶのか」について、この場を借りて私なりの回答をしたいと思います。この質問をより丁寧に表現すると、「何故(多忙を極める幹部自衛官である私が、貴重な数年を割いてまで、仕事に役立つか分からない修士号を取得するために)学ぶ(必要がある)のか」となるでしょう。私はこの問いに対し、幹部自衛官として、そして私人としての視点から回答したいと思います。

まず幹部自衛官として、上記の質問に答えたいと思います。その一つ目は「物事を見る力を養うため」となります。「物事を見る」とは、世界や今起きている出来事をどのように解釈するか、ということです。状況判断や決心が生業である幹部自衛官にとってこの力を培うことは不可欠であり、そのためには歴史と理論を学ぶことが最も有効です。

例えば、(2020年)今日の国際社会では、米国の覇権に対して中国が挑戦しているという構図で捉えられるのが一般的ですが、今の世界はあなたの目にどのように映るでしょうか?このような時、歴史からの類推が役立ちます。古代ギリシアのアテネとスパルタ、16世紀末の英国とスペイン、もしくは冷戦期の米ソの争いは、今の米中を読み解く際の補助線として使うことができます。「歴史は繰り返す」ことはありませんが、「しばしば韻を踏む」からです。また、未来を予測するためには理論の助けが欠かせません。「理論は机上の空論」と斜に構える人もいますが、それは理論に対する向き合い方が間違っています。あらゆる状況で因果関係が成立する理論は存在せず、現実世界で同じ状況が二度訪れることはありません。よって、理論を扱う際には、個々の理論の確かさよりも、所与の状況で「どの理論を使うか」と、「その理論が導く結論に対しどの程度頼るか」がより大切になってきます。このような応用能力もまた、先人の知恵の結晶である理論を深く学ぶことでしか身に着けることはできません。

幹部自衛官としての立場からの二つ目の回答は「軍事の専門家たるため」となります。より端的に言えば、専門家だから軍事とその上位分野である安全保障論及び国際政治学、関連分野である社会学や組織論等にかかわる必要最小限の知見は有しておかねばならない、となります。では、「専門家」とはどのような人を指すのか。それは、「その見解が他の誰の見解よりも正しく的確である可能性の高い少数者のこと」を指します。自衛隊としていかにして我が国を守るべきかは複雑な問いですが、我々は専門家として導き出した答えが正しい可能性を少しでも上げるために尽力することが求められます。そのため、我々はパワー、抑止、同盟、国際法及び規範、戦略、リーダーシップといった概念についてよく「理解」しなくてはならないのです。なお、「理解する」ことは単に「知る」こととは違い、ましてや「博識の模倣」をすることとは全く異なります。物事を理解していないと、その理解の空隙をしばしば信念で埋めようとします。そのような行為がどのような帰結を招くかは、我々はよく知っているはずです。

実務家の中には、アカデミズムへの傾倒が実務の遂行に悪影響を及ぼすと考える人もいますが、こと幹部自衛官に関する限りそれは間違っています。幹部自衛官には思考と行動の両方が必要だからです。ペリクレスが言うように「柔弱に堕することなく智を愛する」ことで、軍事の専門家たろうとすることは、我々が武力を支配し、逆に支配されないために極めて重要です。

最後の回答は私人の立場からになりますが、それは「自由になるため」となります。自由の定義は様々ですが、「自由でない状態」を思い浮かべるとイメージがつかみ取りやすいでしょう。「自由でない」人とは、その考え方や世界観がバイアス、謬見、ステレオタイプ、個人的信念に捕らわれているという状態です。折角健康な目を持っているのに、メガネがひどく曇っている、もしくはレンズのピントが外れているため目の前のものが見えず大変に不自由です。学ぶことにより、メガネを曇らせる上記の要素の影響から少しずつ解放され、適切なレンズの選択ができるようになり、よりクリアーに遠くまで見渡せるようになるでしょう。私自身はそのような境地に至っていませんが、私が教えを乞うた安保研の先生は、健全な批判精神を備え、虚実を鋭く見抜く目を備えられていました。私自身も学び続け、そのような自由闊達な精神を得たいと思います。

以上が「何故学ぶのか」という問いに対する私の見解です。総合安全保障研究科は、学びの場としてこれ以上ない環境です。個人として「自由」を得るため、そして自衛官として組織・国への貢献の機会を広げるため、是非安保研で深い学びを体験することを推奨します。

 


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